神の宿る祭


 舞が進むにつれて、最初の歓声が嘘のように辺りは静まり返り、太鼓の音と剣が空を切る音、そしてユウヒの足音と鈴の音以外は、篝火の爆ぜる音しか聞こえなくなっていた。

 炎の上に浮かぶように見える舞台の上で、ただ独り、剣を振るって舞うユウヒの姿は、その圧倒的な存在感で見る者をいつしか惹きこみ魅了する。
 太鼓の音が途切れると、衣擦れの音までも聞こえてきそうな程に静まり返り、風さえも、息を潜めるかのようにピタリと止んでいた。

「あいかわらず、本番に強いやつだよ、あの子は」
 ヨキが笑みを漏らしてつぶやくと、その横でアサキも笑っていった。
「本当に。たぶん今、私はこの世で一番幸せだーっとか思いながらやってますよ、ユウヒは」
「だろうねぇ。あんなのやりながら、面の下ではニヤニヤ笑ってるような子だから。誰が見ていようが、何人見ていようが、あいつには関係ないんだね」
「はい…」

 そうしてまた、二人してユウヒの舞に見入っていた。

 太鼓の音がまたいっそう大きくなり、初めの舞もいよいよ最大の見せ場となってきた。
 ヨキがあたりを見回してから、アサキに指示を出した。
「そろそろあの子が面を投げてくるよ。しっかり受け止めておくれよ、アサキ!」
「わかってますって。私だって、面を壊して年寄り衆のお叱りを受けるのはごめんですからね」

 そう言い終わるや否や、ユウヒが面をサッとはずして、アサキが待ち構えている方にひゅうんと投げてきた。

「きたきたきた……」
 アサキは面の方に駆け寄ると、両手でしっかりと受け止めた。
「ふぅ……成功。ヨキさん、これ!」
「はいよ、ごくろうさん。じゃ、あんたは自分の準備に取り掛かっておくれ、ありがとう」
「はい!」
 ヨキに面を渡すと、アサキはその場を離れて他の娘達の方へと歩いて行った。

 それと入れ替わるように、ヨキのもとにチコ婆が寄ってきた。
「どうだい? 様子は」
 ヨキがハッとしたような顔をして、舞を続けるユウヒを見上げた。
「いえ、まだ何も。でも、これからでしょうね。もうすぐこれも終わって、次の舞が始まります」
「そうか…次の舞の舞手はやはり……」
「はい、リンになりました」

 二人はユウヒに目をやったまま話を続けた。
「舞手全員の意見だよ。私にどうこうできるもんじゃない」
 ヨキが言うと、チコ婆は黙って頷いた。
「下手な小細工なんて必要はないさ。二人ともいい舞手だよ、あんたの娘は」
「自分の孫でしょうが。何を言っているんだか…」

 二人が苦笑していると、背後をスッと人影が通り過ぎた。
 ユウヒとは対照的に黒にも見えるような濃い灰色の装束をつけたリンだった。
「チコ婆様、母さん。行ってきますね」
 リンは一声かけて、舞台に続く階段をゆっくり上がって行った。

 舞台の上でユウヒとリンが背中合わせで剣を振り、そのまま入れ替わると次の舞が始まった。
 ユウヒはその勤めを終えて、階段を下りてきた。

「ふぃ〜っ、終わった終わったぁ」

 さっきまで勇壮な舞を披露していた人物とは思えないほどに間の抜けたユウヒの表情に、チコ婆とヨキが思わず噴出した。
「まったく、なんだいそのだらしない顔は…」
 ヨキに言われて、ユウヒが反論する。
「私に真面目な顔をし続けろって? あぁいう雰囲気は嫌いじゃないけど、やっぱり疲れるね」
 いつもと同じユウヒの様子に、母も祖母も安堵の表情を浮かべた。

「…? 二人とも、そんなに心配していたの?」
 顔を見合わせるヨキとチコ婆を見て、ユウヒはあきれたような表情をした。
「大丈夫だよ。何か起きたとしても、みんな覚悟はできてるんだからさ」
 ユウヒは明るく言ってみせたが、二人の表情はすっきりしない。
 困ったような顔をして、ユウヒが二人に近付いた。
「その顔は、たぶん私達にまだ言ってない何かがさせてるんだろうけど…だったらなおさら平気な顔しててくれないと、これから舞台に上がる連中は、私みたいに図太い神経はしてないよ。詳しく教えられないってんなら最後までそれで通してくれないと、二人のそんな顔見たらみんなが不安になるよ?」

 怒ったようにそういうと、ユウヒは踵を返した。
「スマルの所で舞台を見てるから。終の舞が近くなったらまた戻る…」

 うしろで何か言う声が聞こえたような気もしたが、ユウヒはかまわずその場をあとにした。