神の宿る祭


 突如鳴り響いた笛の音に、社の外から歓声がわぁっと湧き上がった。

 社の敷地内で舞を見られるのは、舞に携わった者達と年寄り衆のみとなっている。
 湧き上がった歓声は、舞の奉納を一目見ようと社の外に集まった見物客達からのものだった。
 いよいよ舞の奉納が始まる。横笛の音は、それを告げる合図だった。

 横笛に続いて、様々な笛の音が、折り重なるようにその音を響かせ始め、続いて大小様々な太鼓の音が軽快に響き渡った。

「みんな! いよいよだよ、気合い入れて頼むからね!」
「はいっ!!」

 ヨキの掛け声に娘達はいっそう力のこもった声で返事をした。

「ユウヒ!」
「はい」

 その名を呼ばれて、ユウヒが頭の上に乗せていた面を顔にかぶせ、面についている紐をもう一度後頭部で結びなおした。
 面をつけた事により視界がぐんと狭くなったユウヒの手を、ヨキとアサキが両側からしっかりと取って舞台に続く階段まで誘導する。

 上下とも白一色のユウヒの装束は、篝火に照らされて闇の中で橙色に浮かび上がっていた。

「足元に気をつけて、ユウヒ」
 アサキに声をかけられ、ユウヒが頷いた。
 反対側からはヨキが声をかける。
「さぁ、本番だよ。ユウヒ。思う存分やっておいで!」
「あぁ、行ってくる!」


 二人の手を離したユウヒが階段を上りきり、舞台にその姿を現すと、笛の音がその余韻だけを残して一斉にピタリと止まった。

 それと同時に一番大きな太鼓の音がどどんと鳴り響き、小さく節を刻み続けていたその他の太鼓の音が地鳴りのように大きくなり一斉に響き渡った。
 太鼓の音に調子を合わせて、舞台の中央まですり足で一気に歩み出ると、ユウヒはその場で高く飛び上がり、ダンッと大きな音を立てて足を着いた。

 ――シャンッッッ

 着地と共に響いてきた鈴の音は、ユウヒの足首に輪のようにしてくくりつけられているものだ。
 ダン、ダダンとユウヒが足を踏み込む度に、鈴もその軽やかな音色を響き渡らせる。
 ふと、動きを止めたユウヒが、その両手首に紐のついた輪のようなものを通した。ユウヒのために剣に施された特別の細工で、柄に取り付けられた紐の先が輪のようになっているのだ。

 細工を確認するかのように紐をくいっと引っ張ったユウヒは、フーッと息を吐いて一呼吸おくと、その右手で剣の柄を握り締めいっきに真横に引き抜いた。

 篝火の炎を反射して、ユウヒの剣は銀色の刃を照り輝かせていた。

 その姿に見惚れたかのような溜息が、社の外から漏れ聞こえてきたその時、ブンと音を立てて翻ったその剣がユウヒの手を離れた。

 瞬間、その場にいる者達は妙な錯覚を覚えた。
 それはほんの一瞬と言ってもいいようなわずかな時間だった。
 であるにも関わらず、時がゆっくりと流れているかのような感覚。

 舞い手が手を滑らせてしまったのだと思った見物客の、あっ、という声が社の外のあちこちから漏れてくる。
 剣の柄に付けられた房の先の鈴達が、空中でぶつかり合い、揺れながらその高く固い音色を緊張感で張り詰めた社の中に響かせた。
 
 空気が止まる。

 次の瞬間投げられた剣は、柄に繋がった紐でぐっと引っ張られてユウヒの方に引き寄せられ、その右手にピタリとおさまった。

 それと同時に、何かがはじけて割れたかのように、時が、音や匂いが、いっきに戻ってきた。
 一つ一つの動きがなされるたびに鈴の音が響き、見ている者の目にも耳にも、休む暇を与えなかった。

 何が起こったのか、見物客がまだ理解しきれないうちに、今度は左側の剣が同じように真横に投げられて、また左手にピタリとおさまった。
 次から次へと押し寄せる波のように社の外から歓声が沸きあがる。
 それに煽られたかのように太鼓の音がさらに早く、大きくなっていく。

 ユウヒの初めの舞が始まった。