縁日


 社遷しがどうやら一段落したらしく、それまで社で儀式を見ていた見物客が出店の方に流れ込み、出店の出ている通りはひどくごった返していた。

 通りの角まで来て、その喧騒にユウヒとアサキが思わず立ち止まった。
「こりゃ想像以上だね、ユウヒ」
「あぁ。こりゃあんたお目当てのあんず飴、もう売り切れかもしれないね」
 通りを行き交う人の多さに辟易しながら、アサキを冷やかすようにユウヒが言った。

 アサキは小さい頃からこの祭の出店で買うあんず飴が大好物で、毎年欠かさずに買って食べている。二十一歳になった今でも、それは変わらなかった。

 ユウヒの言葉に、アサキはわざと驚いたような顔を見せて笑いながら答えた。
「えぇ!? それはないでしょう? 毎年りんご飴からなくなってくってのがこの郷の…」
「いやいや、アサキ。そういう油断で食いっぱぐれるんだよ。今年の見物客の数は例年の比じゃないよ? いつも通りにはいきそうにないね」
 ユウヒがにやりと笑う。

 こういうアサキとのふざけたやり取りがユウヒは大好きだった。
 アサキももちろんそれは同じで、ユウヒの話に乗ってきた。
「えぇっ、本当に!?」
 同じように笑いながら、焦ったふうに言葉を続ける。
「急ぐよ、ユウヒ! あんず飴が食べられないんじゃ、今日まで稽古を頑張った意味ないよ!」
「はぁあ? 何を大げさな……」
 走り出したアサキに腕を掴まれて、ユウヒも一緒に人ごみの中を走り出した。

 小さい頃は難なくすり抜けられた人ごみも、立派な娘へと成長し、さらに帯剣した今の状態ではなかなか通り抜けるのは困難だった。
 肩や剣をぶつけては、顔を歪めて振り返る人達に大きな声で謝りながら、二人は目的の飴屋の前に辿り着いた。

 店主は数年前から若い主人に代わり、それまで店を切り盛りしていた老主人は隠居してしまっていたが、今年は二代の店主二人がそろって商売をしていた。
 二十年に一度の社遷しの見物も兼ねて老主人も出てきたのであろう。

「おじさん! 久しぶり!!」

 アサキが元気に声をかけた。
 仕込みをする手を止めて顔上げた老主人は、一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐにその顔に笑みを浮かべてあんず飴を手に持った。

「おぉ、あいかわらず元気そうだね。ほら、最後の1つ」
 奥に取っておいてくれたらしいあんず飴を、アサキ以上に嬉しそうな顔をして手渡した老主人は、満足げに若い店主と顔を見合わせた。
「ちょうど今、父さんとあなたの話をしていたんですよ」
 若い方の店主がそう言って笑った。どうやらこの若い店主は老主人の息子らしい。

「そろそろ取りに来る頃だろうから、売り切れる前にとっておこうって…」
 それを聞いてアサキが破顔する。
「いや、何…常連さんは大切にしないとって、父さんがね…」
 そう言って笑う若い店主に、アサキは頭を下げて礼を言った。
「ありがとう!」
 満足そうに飴を手にしたアサキを見て、ユウヒは思わず噴出してしまった。
 店主親子に手を振って別れを告げると、ユウヒとアサキは通りをゆっくりと歩き始めた。

「好きだねぇ、あんず飴」

 ユウヒが飽きれたような声で言うが、アサキはおかまいなしで、嬉しそうに舌を真っ赤にして飴を舐めている。

「まぁね。あんたはいいの、ユウヒ? 何か食べないの?」
「うん。私はいいや。なんか…お腹空かない」
 アサキがふぅっと甘い匂いのする溜息をついた。
「あいかわらずだね。何かに集中しだすと、他の事が全く気にならなくなる」
「ん? そうかな?」
 ユウヒが首を傾げると、アサキがまた溜息をつく。

「そうだよ。毎年そうだ。で、こうして話をしてると…」
「俺が現れるんだよなぁ、アサキ?」
 後ろからふいに声をかけられて振り返ると、そこにはスマルが立っていた。
「スマル!」
 ユウヒが驚いた声をあげると、アサキが声を上げて笑い出した。

「そうそう…スマルが現れるんだよ。で、手には…」
「味噌がたっぷりついた焼き饅頭だろ? ほら、ユウヒ。食え!」
 そう言ってスマルは、手に持っていた焼き饅頭の串を二人に一本ずつ渡した。
「あぁ、ありがとう」
 ユウヒが力なく礼を言う横で、アサキが元気にはしゃいでいた。
「ありがと、スマル。毎年ユウヒが世話かけて悪いねぇ」
「今年はお前に頼まれたんだけどな、アサキ。おい、ユウヒ、ちゃんと食えよ、お前」
 にやにやと笑うアサキに対してスマルは真剣な顔で、いつにも増して心配そうにユウヒの事を見つめていた。

「はいはい、食べるよ。まったく、皆して何の心配してるんだか…」
 そう言うと、ユウヒは焼き饅頭にかぶりついた。

 香ばしい味噌の匂いが鼻腔の中に広がって、空腹であった事を体自身が思い出す。
 胃がいきなり動き出し、軽い腹痛を感じてユウヒは腹を押さえた。
「うわぁ、何だかお腹がびっくりしてる感じだよ」
「それだけお腹空いてたんだよ、ユウヒ。当たり前でしょう!」
 アサキがあきれたようにユウヒの背中をどんと叩いた。
「いてっ」
「うるさい! 私とスマルの好意だよ。ちゃんと味わって食べなさい!」
「うぅ…はいはい、わかりました。食べてるってば、もう」

 申し訳なさそうにぶつぶつと言いながら食べるユウヒに、アサキは満足そうに笑みを浮かべた。
 スマルもまた、そんな二人の様子に心配も和らぎ、安堵の表情浮かべて後ろを歩いていた。