ホムラの郷はいつにも増してにぎやかに活気付いていた。
着々と準備を続けてきた祭『神宿りの儀』が、いよいよ今夜開催される。
『神宿りの儀』に先んじて行われる『社遷し』は、まだ日の高いうちから行われていた。
抜けるような青天の下、郷の者達の手によって粛々と執り行われた行われる『社遷し』は、想像していた以上に形式的な儀式だった。
王の崩御を伝える早馬の一件で、一時は郷も慌しくなっていたが、それ以後、宮からは何の音沙汰もない。二十年に一度の『社遷し』でさえも、宮の関係者の姿はどこにもなく、その儀式は郷の者達のみの手によって進められていた。
郷で信仰されている鳥獣に縁の品々が次々に運び出され、最後に年寄り衆に囲まれて、郷の護り神である鳥獣の像が恭しく神輿に乗せられ担ぎ出された。
そして、長老の祝詞の声が響く中、それらの物は全て新しい社の中に遷移された。
簡素な事が逆に異様な神聖さを際立たせてはいたが、なにぶん郷の者しか関わっていないことで、儀式とはいっても何とも静かなものであった。
立ち並ぶ出店や、新しい社を見物に来た人々でにぎわう中、真剣な面持ちの集団がいた。
その夜、神宿りの儀において舞を奉納する娘達だった。
「社遷し、そろそろ終わりそうだね」
ずっと社の方を見ていたアサキは、そう言うと視線を一緒にいる仲間達の方に戻し、眉間に皺を寄せて溜息をついた。
そんなアサキの肩にポンと手を置き、ユウヒがフッと笑った。
「アサキー、そんな顔しなーい! ここまで来たら、もうやるしかないんだから」
「まぁね、そりゃわかっちゃいるんだけどさ」
そう言ってアサキが苦笑する。
「ねぇ、ユウヒ。あんた、怖かったりしないの?」
真顔でアサキに言われて、ユウヒが眉を上げて、少しおどけて見せる。
「何が起こるかわからない不安は正直あるけどね、なんて言うか…」
どこか含みのある言い方に、それを不思議に思ったアサキがユウヒの顔をのぞきこむと、ユウヒはニヤッと笑って言葉を続けた。
「いやね、私に神って、それはないでしょう? って、思ってさ」
目を丸くして一瞬表情の固まったアサキが、次の瞬間思わず噴出すと、周りの娘達にもその笑いが飛び火した。
大っぴらに笑うのを遠慮はしているが、こぼれてしまった笑い声がクスクスと聞こえてくる。
「ちょっとちょっと〜、あんた達、私に失礼なんじゃないのぉ?」
ユウヒがわざと膨れっ面をしてそう言うと、アサキがたまらず笑い出した。
「あはははは、確かにあんたに憑くような神はいないような気がするよ」
「だろ? だからどうにも他人事な気分でさ」
アサキの肩に腕を乗せて、ユウヒも笑みを浮かべて言った。
その二人の様子に、場の雰囲気が随分和んだ。
もちろん、何が起こるかわからない不安がなくなったわけではないのだが、考えても仕方がない事に頭を悩ませることもないか、という空気が娘達の間に流れた。
周りの空気が変わったのに気付いたアサキが、安堵したようにユウヒを見つめた。
「そうだね、あんたの言うとおり。それに私に神っていうのも何だかなさそうだしね」
ユウヒがそれに答える。
「そうだよ。なるようにしかならないんだから、あれこれ悩むよりは、舞の奉納の前に腹ごしらえだよ、アサキ」
「まったくだ。早いとこ出店を回らないと、おいしそうなものはなくなるのが早そうだよ?」
アサキとユウヒが慌しく早口で言うと、他の娘達もそわそわと落ち着かない様子で二人を見ていた。
ユウヒはアサキを見て頷くと、アサキがそこに居合わせた娘達に向かって言った。
「そういう事だよ、みんな。悩んでいるより食い気ってね。夜に備えて今のうちにおいしいもの食べておこうよ」
ユウヒも続ける。
「そうそう。母さんから、今日は夜の本番まで稽古はないって聞いてるから、これはもう食い倒すしかないよ!」
娘達は顔を見合わせて、一瞬おいた後に笑いがまた起こった。
七の鐘がなったら新しい社に集まるように約束をして、娘達は思い思いに散らばった。
それぞれが皆、笑顔に戻ったのを見て、アサキとユウヒは二人で満足げに笑った。
「じゃ、私達も行こうか、ユウヒ」
「うん」
二人は舞に使う剣を腰から下げたまま、賑わう郷の中を歩き始めた。