[PR] 肝炎 5.友と過ごす時間

友と過ごす時間


「え? 私?」

 突然自分に話を振られて、驚いたようにリンが顔を上げた。
「私は…今年から剣舞になったから、舞いを覚えるのに必死で……それどころじゃないかな。そんな余裕ないです」

「え? リンも剣舞なのか?」

 スマルが驚いてユウヒとアサキを交互に見ると、アサキが思い出したように言った。
「あぁ、そうなんだよ。ちょっと年が足りないんだけどね」
 ユウヒが言葉を継ぐ。
「そうそう。リンと、あとレイとマナの三人。うちらとニイナの六人が剣舞だよ」

 スマルはまだ口元から拳を離さない。そのままで話を続けた。
「剣舞やる人間からなのか? どうなんだ?」
 男達の方には大雑把な説明しかされていないらしく、それがまたスマルの不安を掻き立てているようだった。
「そうとも限らないらしいよ。まぁ母さんの話だけどね」
「ヨキさんの話なら嘘はないでしょう?」
 アサキがあきれたように言うと、ユウヒはそうか、と苦笑した。

 そんな二人の様子を見て、スマルは拍子抜けしたかのように後方の床に手をトンとつくと、はぁっと息を吐いた。

「なんだよ。もう少し不安がっているかと思ったら…お前らなんか心配した俺が馬鹿だったよ」
「心配してくれてたんだ」
 ニヤニヤ笑ってユウヒが言うと、スマルはがっくりと頭を後ろに倒し、天井に向かって溜息まじりに小さくつぶやいた。
「当たり前だろう…まったく……」

 スマルがずっと強張ったままだった表情をやっと崩して、アサキとユウヒの方を見た。

「かわいくねぇヤツらだなぁ」
「かわいくなくて悪かったね」
「ホント、ひどいねぇ…」
 安心したのか、情けない表情を浮かべるスマルを見て、ユウヒとアサキは軽い調子で言葉を返した。
 年が上のスマルに対して遠慮がちがったリンも、その様子を見て思わず笑顔になっていた。

 スマルは顔を上げ、あらためて三人の顔を見回すと、顔を歪めて頭を掻いた。
「まぁ、何かあったらいつでも言えや。リン、お前もな」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あぁ、お前にはシムザがいるんだったか…」
「え? いや、あの…」

 唐突にシムザの名前を出されてうろたえるリンの様子に、スマルは声を出して笑った。
 すっかり恐縮していたリンの、また小さくなってうつむく姿に、アサキもユウヒも顔を見合わせて笑った。

「じゃ、私達はここ片付いたらそろそろ帰るから」
 ユウヒはそう言って片付けの続きを始めると、リンもそれを手伝い始めた。

 家まで送ろうかとスマルが言ってきたが、ユウヒはリンと二人だから大丈夫だと断り、代わりにアサキを送るように頼んだ。
 アサキは慌てて断ったが、スマルに言われておとなしく送ってもらうことにした。

 部屋の灯りを少し落とし、4人は静まりかえった外に出た。

「じゃ、また明日ね、ユウヒ!」
「うん、明日ね。アサキを頼んだよ、スマル」
「おぅ、任せとけ! 気をつけてな!」
「はい。スマルさんもアサキさんもお気を付けて!」

 篝火もすでに消えてしまい、あたりは暗く静まりかえっていた。
 焦げた獣脂の臭いと煙が漂う郷の中を、四人は二人ずつに分かれて歩き始めた。


「リン」

 ユウヒが並んで歩く妹に話しかけた。
「本当はどうなの? こわい?」

 リンは足元を見たままで答えた。
「何が起こるかわからないのは不安だけど…でも今はやっぱり舞いを覚えるのに必死でそれどころじゃないかなぁ」

「そっか」

 ユウヒも足元を見つめたままで続けた。
「私も。正直なところ、何もわからないってあたりが不安かな。でも、あれだよ。母さんがよく言ってるあれ。心配しても仕方がないことは、心配するのをやめた方が、ってヤツ。何に対して心配していいんだかわかんないから、余計不安なんだけど、あんまり心配しすぎても身がもたないよね」

「そう、だよね」
 リンが頷く。
「私もそう思うよ、姉さん。なかなか難しいけど、心配しても仕方ない」
「ん、だね。お互い頑張ろうよ、舞。あんた頑張り屋だからさ、どんどんうまくなって初めの舞も終いの舞も、全部リンになっちゃうんじゃないの?」
「えぇ〜? でも次の舞はまかせてもらえるように頑張る!」
「おぅ、頑張れ!」

 二人は静かに笑いながら、家への道を急いだ。

 それから祭までの数日間、稽古や準備が終わった後は毎晩のようにキトの家に集まった。

 王の崩御も、神宿りの儀も何もかも忘れて、遅くまで話をしたり大騒ぎしたりして、仲間たちと楽しい時間を過ごした。