[PR] 迷惑メール 4.祭儀に向けて

祭儀に向けて


「またそれか!」

 もういいかげんにしてくれとでも言いたげに、ユウヒは空を仰いだ。
 それからアサキの方に向き直ると、静かに、しかし強い口調で言い放った。

「アサキ、しつこいよ。前から言ってるよね、そんなんじゃない。それに大勢でも何でもスマルとは話せるし、何も問題はないでしょう!?」
 アサキは黙って聞いていたが、やはり何か引っ掛かりがあるらしく、また口を開いた。

「だって…だってさ、みんながそういう話で盛り上がってても、あんたちっとものってこないし、もう決まった相手がいるのかなぁって、それじゃ誰かなって話になると、やっぱりみんなスマルだろうって、そう思うんだよ」
 もううんざりだ、と思いつつ、真剣に話すアサキの言葉にユウヒは耳を傾けていた。
 アサキは言葉を続けた。

「私はね! 私は…スマルが好きだったんだよ。でも、スマルには断られちゃってね…」

「え?」

 ユウヒは顔を上げてアサキの方を見た。

 瞳にうっすらと涙を浮かべ、泣くのをこらえて顔を歪めたアサキは、それでも照れ笑いをその顔に浮かべて、ユウヒの方をまっすぐに見ていた。
「ごめん…知らなくて……」
 謝るユウヒに、アサキは首を振って答える。
「いいの。でも気になってね、スマルは誰を思っているのかなぁって。教えてもらえなくてさ。だからユウヒに突っかかっちゃった。あんた達二人、仲良いんだもん」
「そう、だったんだ…」

 ユウヒはアサキの肩に手を置いて、何か考えた様子で黙っていたが、おもむろに伸びをすると突然話を始めた。
「うまくは言えないんだけど…誰がいいとか、どんな人が好きとかじゃなくて…」
「ううん、いいよ。聞くよ。何?」

 ユウヒの言葉にアサキが先を促すと、ユウヒはポツリポツリと話を始めた。
「うん。そういう話になるとね、いつも頭に思い浮かぶ光景があるんだよ。ただそこは記憶にもない場所で、なんでそんなものが頭をよぎるのかもよくわからないんだけど…どこかの暗い部屋でね、私は誰かと一緒にいるんだよ。火が近くにあって…炉かな? 灯かな? で、私はその人の事を本当に信頼してて、その人とは言葉なんかいらないっていうか、時間や空間を共有できるっていうか…う〜ん。なんて言ったらいいんだろう?」

 ユウヒが頭をかきながら言葉を懸命に探して話すのを、アサキは静かに聴いていた。
「ごめんね、アサキ。わけわかんない話だよね。私もなんでそんなものにこだわってるのか、我ながらよくわからないんだよ。何だか子どものたわごとみたいだし、こんなの誰にも言ったことはないんだけど…」

 ふと我にかえって、ユウヒは恥ずかしそうに顔を上げてアサキを見たが、アサキの顔は真剣で、まっすぐに自分のことを見つめていた。

 ユウヒはパッと目をそらして、また言葉を探し始めた。
「ちょっと前に住んでた町でね、この人かなって人がいたんだよ。でも違った。その人に思いをぶつけられて初めて、その人の思いと私の気持ちがまったく異質のものだってわかった。その人には悪いことしたとは思ってるけど、でも頭の中のあの変な光景は消えなかった。むしろ強くなったくらい。誰かわからない、いるかどうかもわからないその人に、私は会ってみたいんだと思う。その思いはさ、アサキのいうようなホレたハレたっていうんじゃ、ないような気がする…ごめんね、これじゃ何だかわからないよね」

 ユウヒはやはり恥ずかしそうに、頭をかきながら自分の言葉をもてあましていたが、アサキは納得したように頷いた。
「ううん。そんな事ないよ。その、ユウヒの頭の中の…二人は何をしてるの?」
 唐突な質問にユウヒは驚いてアサキを見たが、アサキはやはりまっすぐに自分のことを見つめていた。

 ユウヒはぐっと詰まって、それでもまた言葉を探した。
「何をって…私だと思う方の人間は、刀か何かを手入れしてるように思う。炎が時々金属に反射するようなふうで、たぶんあれは刀…だと思う。もう一人は…調べものをしてるような、書物か何かを見ているような、私のやってる事とは全然違うことをしてる。それでも何も話とかしてなくて…でも私は、安心しきってるんだよ」

 そこまで言うと、ふいにユウヒは小さく笑いだし、アサキはそれを不思議そうに覗き込んだ。
「ごめん。自分で言っててもあまりに取留めもない話で…」

 アサキは静かに息を吐いて、ユウヒに向かって言った。
「うちのコト婆さまから聞いたことあるんだけど、人にはね、時々そういうのがあるんだって。生まれてから今までの記憶とは別にね、その魂に忘れられない何かを持ってることがあるって。だからさ、生まれる前のそのもっと前、ユウヒがまだユウヒになる前に、誰かそういう人と一緒にいたのかもしれないね」

 こともなげに言うアサキを、ユウヒは言葉を失ったままで呆然と見つめていた。
 その様子に気付いたアサキはやっと笑顔になり、ユウヒにどんっと軽く体をぶつけた。
「珍しく自分のことちゃんと話したね、ユウヒ。いつもそれくらい話してくれれば、私だって少しは相談にのれるんだけどねぇ、ん?」
 ユウヒは気の抜けたような顔をしていたが、やっと緊張が解けたかのように、その表情から笑みがこぼれた。

「そりゃどうも。でもさ、そんな人がいるんだか…男か女かもわからないし、あんがいすんごい爺さんだったりするかもしれないし」
「そん時ゃすぐに私に教えて。真っ先に見に行くから!」
 二人の間にやっといつものような気楽な空気が戻り、それから先は他のみんなと同じようにいろいろと話をしながら広場へと急いだ。

 広場には十人ほどの男達が残っていて、そのうちの一人がこちらに気付いて手を上げた。
「遅かったな、ユウヒ!」
「悪いね! いっぱい連れてきたからさ、ここは勘弁してよ!」
 駆け寄ろうとした体をスッと引いて、ユウヒはアサキの腕をつかんだ。
「そうだ。スマルと私は、そんなんじゃないよ」
 思い出したように慌ててアサキに伝えたが、アサキはニヤッと笑って言った。
「知ってるよ。ただの八つ当たりに決まってるじゃない」
 そういうと、さっさと広場の方へを走って行ってしまった。

「なっ、何なんだよ、もう…」
 ユウヒはまたひとつため息をついて、アサキのあとを追った。