「ユウヒ! ちょっと!」
ニイナがユウヒを呼んだ。
アサキと二人して笑い過ぎ、出てきた涙を拭いながらユウヒがニイナの方に顔を向けると、ちょうどリンの帯刀の手伝いをしているところだった。
「どうしたの?」
ユウヒがニイナに声をかけると、困ったような顔をしてニイナが返事をした。
「この子、あんたと同じにできないかな? 私達みたいな帯刀してたんじゃ、この子うまく抜刀できないみたいなんだよ」
「へ?」
間の抜けた声をあげたユウヒは、そのままリンに歩み寄った。
「やってみて。リン」
リンは頷くと、腕を体の前で交差させると柄をぎゅっと握りしめた。
そのままスウッと腕を伸ばしたが、剣の先が鞘から抜けきらず、少し引っかかったような状態でぽろっと横にこぼれるように抜けた。
「ありゃりゃ、私と同じだよ、リン」
目を丸くして言うユウヒに、リンは下を向いて、困ったようにつぶやいた。
「どうしよう、姉さん」
ユウヒはリンの前に座り、鞘を固定していた腰布をはずした。
そして今度はリンの後ろ側にまわると、手馴れた手つきで鞘を交差させ、同じ腰布で位置を決めるとそのままリンの腰に固定した。ユウヒに比べると少し高い位置だった。
「あんたはこれくらいのがかっこつくかもね。腕は交差しなくていいよ。柄を握ったら少し下にさげて、そう。そしたら最初は真横でいいや。抜いて!」
言われたとおりにリンはスッと真横に剣を抜いた。
先ほどとは違い、チリッと高い金属音立てて、見事に抜刀してみせた。
「よっしゃ。それでいい。慣れてきたら、いろんな方向に抜けるようになるから。順手でも逆手でも、これだとやりやすいよ」
リンは姉に言われて嬉しそうに頷いた。
「やれやれ、こりゃ血筋かね?」
ユウヒがため息まじりに言うと、アサキが笑いながら話に加わった。
「いいかい、リン。あんたの姉ちゃんみたいに、ポンポン剣飛ばすんじゃないよ! 舞い用の剣だから切れやしないけど、あたるとやっぱり痛いんだからね!」
「はい! わかりました、アサキさん!」
真面目に答えるリンの姿に、アサキとユウヒ、そしてニイナが顔を見合わせて笑った。
「ずいぶん楽しそうだねぇ。帯刀は済んだのかぃ?」
ヨキが後ろから現れた。
全員が腰布を使って帯刀しているのを確認すると、はぁっと一つため息をもらした。
「普通に抜刀できない困ったひねくれ者は、うちの娘二人かぃ、まったく」
「すんませんねぇ、ひねくれ者で」
ユウヒが悪びれる様子もなく、軽く返したのに対して、リンは下を向いて黙っていた。
「リン、気にする事ないよ。あぁ言われてるけど、実際に舞いを始めれば、ユウヒはすごいんだから。あんたもきっと、上手い舞い手になるよ」
アサキがリンの肩に軽く手を乗せて、慰めるように言ったが、リンはまだ顔を上げずに黙ったまま地面をじっと見つめていた。
少し沈んだ空気を追い払うかのように、ヨキがパンパンッと二回手を打って、舞いの稽古を始める合図をした。
「さぁ、始めるよ。全員聞いておくれ。さっき言ったとおり、今回の祭はカタチだけのもんじゃない。そりゃもちろん毎年ね、神聖な儀式であることには変わりはないんだけど、今回は舞えばいいってもんじゃない。誰かに神が宿るって言ったって、そんな恐ろしいことが起こるわけじゃないんだよ。ただね、いいかげんな気持ちでやって欲しくはないんだよ。まぁあんた達も子供じゃない。そんな事はわかっちゃいるんだろうけど、念のためね。いつも以上に、素晴らしい舞いを納められるように頑張っておくれ」
「はい!」
六人全員が返事をした。
「よし。で、今年の初めの舞、終の舞、両方ともユウヒに頼もうと思ってる。舞いの優美さ、繊細さで考えると、ニイナに頼みたかったんだけどね」
ふいに名前を出され、自分の舞いを褒められたニイナが少し顔を赤くした。
ニイナは剣舞を舞う中でも最年長だった。
ユウヒの舞いのような力強さはないが、剣の先まで気を配っているような、繊細できれいな舞いを舞う娘だった。
「ただ今年は社遷しもあり、神宿りもありでおそらく当日は異様な重苦しい空気になるんじゃないかと思うんだよ。ニイナ、あんたはそういう重圧に弱いからね」
「それで私か。やっと納得できたよ」
ユウヒが口をはさんだ。
「ニイナの方がよっぽどきれいに舞うのに、どうして私に話が来たのかって、ちょっと引っかかってたんだよ。でもそういう理由ならわかった。うん、やるよ」
ユウヒの言葉を受けてヨキが他の五人の顔を見回した。
「そういうことだ。ユウヒは大きい舞台や本番にとにかく強い。もちろん、これから先の稽古でもっと適任だと思われる子が出ればそっちに替える。でもとりあえずは最初と最後はユウヒでいく。いいかな?」
全員が顔を見合わせて、その後頷いた。
「ありがとう。じゃ、そういうことで。次の舞については稽古を見て決めるから、みんな頑張って稽古に励んでおくれ。じゃ、始めるよ!」
慣れない手つきの三人も交えて、剣舞の稽古が始まった。
剣を持たない組の者達も、それぞれに稽古をつけてもらっている。
郷の方が明るくなっていた。
男達によって郷の通り沿いにまた篝火が灯されたのだろう。
獣脂の臭いが風に乗って漂ってきた。
舞を舞う娘達の息遣いまで聞こえそうな静かな夜。
時折、剣がぶつかる金属音が、暗い夜空にはじけて響き渡っていた。