[PR] アスクル 3.再会

再会


「久しぶりだね、ユウヒ」
 声をかけてきたキエに、ユウヒが返事をした。
「お久しぶりです。リンはもう来ましたか?」

「あぁ、さっきうちのレイと一緒にね。リンにはもう剣も渡しておいたから」
「そうですか」
 二十歳になってから選ばれる剣舞に、今年は何人か歳の足りない者も選ばれる。
 そう言っていたチコ婆の言葉を、ユウヒはあらためて思い出していた。

「ユウヒ。あんたの剣もヨキから預かってるよ、ほら!」
 ユウヒは剣を受け取った。

 刀身の反り返った二刀一対の剣で、柄の先に赤い房がついていた。
 その房一本一本の先端には、祭の当日用に鈴を付けられるように細工が施してあった。
 長旅の間の稽古で、房は色褪せ、柄も手垢で黒ずみ、刀身もずいぶん汚れて、刃もこぼれていたはずだった。

 ところが今ユウヒの手に戻ってきた剣は、同じものとは思えないほど素晴らしく美しい。
 預けているうちに刀鍛冶や細工師によって手入れされたであろうそれは、見事にその美しい姿を取り戻し、篝火の火を映して銀色に輝いていた。

「ぅわ……」

 ユウヒは言葉を失った。

 帰郷してすぐに剣を預け、最初の稽古でその剣をまた受け取る。
 毎年の同じことを繰り返しているのに、その職人達の技の素晴らしさにいつも何を言ったらいいのかわからなくなる。

「きれいだろう?」
「はい…」
 キエの言葉にユウヒは素直に返事をした。
 さっきまで、鬱々としていたユウヒの心も、もう嘘のようにすっかり晴れていた。
「届いたばかりなんだよ。もっと剣に優しくしてやれって、あんたに伝言だってさ。どこでどんな稽古してたんだかって、刀鍛冶の棟梁がボヤいてたらしいよ、ユウヒ」
 きれいに生まれ変わる前の剣を想像して、キエが呆れた様な笑いを含んだ声で言った。
「あぁ、すみません…手が滑って、すぐすっ飛ばしちゃうもんで…」

「やっぱりそうなの!? そうか、あの親父の言ってたとおりなんだ!」
 ちょっと恥ずかしそうに、照れて小さくなって答えるユウヒに、キエは、あはは、と大きく口を開けて豪快に笑った。
 そして剣を握ったままのユウヒの手首をつかんでぐいっと上げた。
「見てごらんよ」
「ん? 何?」
 キエに言われてユウヒは改めて自分の剣をじぃっと見た。

 ふと、柄の房の所に、房以外に輪のようなものがついていることに気が付いた。
 房と同じ赤い色の太い糸数本に金糸を混ぜて縄を綯い、それを輪にしたものだった。

 キエがユウヒから剣を一本とり、その輪を手首に通した。
「こうやって使う。あぁ、ちょっと違うな」
 そう言うと、手首に通した輪を一度はずし、柄の先の所を何か引っかくような動作をした。
 すると、柄の先端に固定されていた輪が、カチリと音を立てて柄から外れた。
「そうそう。これでいい。ほら!」

 キエに促されてユウヒが見てみると、柄の先から腕の長さほどの縄がつながっていて、その先にさきほどの輪が付いていた。
「ユウヒ。あんた、順手と逆手を持ちかえる時にさ、手から剣をいったん離したり、投げたりして舞うのが本当は好きなんだってねぇ?」
「うっ、いゃ…」
 ユウヒは言葉に詰まった。そんなユウヒにキエは思わず噴出した。

「まぁいい。あんたの剣舞は豪快で、力強くて、私は好きだよ。でもね、本番に剣をすっ飛ばされても困るんでねぇ…」
 笑いながら言うキエに、ユウヒは憤慨したように反論した。
「そっ、それは好き勝手に独りで練習している時のことでしょう? ここではさすがに、言われた通りにやってますよ私だって」
 キエは慌てて自分の言葉を訂正する。
「ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだよ、ユウヒ。実はさ、今回は好きに舞っていいらしいんだよ」
「は?」
「あんたらしく、あんたの舞いでいいって言ってるんだよ」
「え? 私、らしくって……?」
 まだ自分が言われている事がどういう事なのかわからないでいるユウヒに向かって、キエが手をささっと振って、後ろに下がるように合図した。

「まったく! まぁ見てな、ユウヒ。つまりだねぇっっ!」
 そう言うと、ユウヒの剣に付けられた輪に腕と通し、その輪の根元の縄をくるっと掴んでそのまま剣を前方に振り投げた。
 剣はブンと音を立てて前に飛んだ。縄がピンと張ったところでキエが手首をスッとひき、縄で繋がれた剣はそのまま引き戻され、キエの手の中にぴたりと納まった。
「どうだい、ユウヒ? こんなのもありだよって、そう言ってんだよ」
 ユウヒは言葉も失ってキエの動きに見入っていた。
 キエはニッと笑ってユウヒに剣を渡した。
「あんた用に場も大きく取るように言ってあるそうだ。頑張りなよ!」
 キエはユウヒをまっすぐに見つめると、ユウヒの肩をポンと叩いた。

 ユウヒは黙って頷くと、もう一度新しくなった自分の剣を見た。
 金糸が混ざることでいつもよりも豪華に仕上がり、しかも自分専用の細工までしてもらった。
 帰郷から稽古までの短い時間で、これだけのものを仕上げるのは大変な事だっただろう。
 そう思うと感謝の気持ちがこみ上げてきた。ずっと頭の中に思い描いていた通りの剣だった。

 いったい誰がこんな剣を用意してくれたのだろうか。
 ユウヒがそう不思議に思った時、ふと、一年前の祭の後のスマルとの会話を思い出した。

 ――そんなにやりたきゃ、剣を縄でくくって手首につないでおけ!

 どうしても振り回したくなるというような愚痴をこぼした時に、冗談交じりに笑いながらスマルが言った言葉だ。

 ハッとして顔を上げると、キエが笑みを浮かべてユウヒを見ていた。
「気付いたかい? スマルに礼を言っとくんだよ」
「ぁ、はい……」
 返事をするユウヒの体に震えが走った。

 そして突然自分の前に現れたスマルを思い浮かべた。
(あいつはこれを言いたくて待っていたのか!)

 言いたい事も言わずに立ち去ったのかと思うと笑いがこみ上げてきた。
 だが、頼んでもいないのに動いてくれた、友人の心遣いが本当に嬉しかった。

(他のみんなは元気なんだろうか? 稽古が終わったら急いで広場に行こう……)

 そんな事を考えながら、ユウヒは剣を二本とも鞘に納めた。