「ユウヒ。リン。そろそろ…」
ヨキが思いついたように声をかけた。
「あぁ、そっか。そうだった」
ユウヒがそう言うと、リンと二人、顔を見合わせて立ち上がった。
これから神宿りの儀で奉納する舞いの稽古があるのだ。
重い空気を振り払うような勢いで、忙しなく準備をしている二人の背中に向かって、チコ婆が意を決したように声をかけた。
「二人の剣はあっちに置いてあるよ。今年はリンにも剣舞を舞ってもらうからね」
「本当に!?」
色めきたってリンが振り返った。
「いいの? 私まだ十九だよ」
「あぁ、いいんだよ。今年は…そういうことになったんだ。他にも何人か、齢が少々足りないが剣を手にする娘がいるはずだよ」
リンは嬉しかった。
姉の剣舞を見て以来、いつか私もと待ちわびてきた。それが一年早くかなうのだ。
やっとユウヒに並ぶことができる、そう思った時だった。
「ユウヒ、あんたは初めの舞いと終の舞いをやることになるだろうよ。リンも頑張り次第で次の舞いをまかせられるかもしれないから、頑張るんだよ」
「へぇ〜い…」
――えっ?
ユウヒが気のない返事をする横で、リンが一瞬顔を曇らせた。
だがすぐにいつもの笑顔に戻り、姉に向かって声をかけた。
「やっぱりすごいねぇ、姉さんは!」
やめてくれ、とばかりに手を振る姉の腕に、リンはぎゅうっとまとわりついた。
自慢の姉、とでも言いたげな表情の妹を、苦笑しながらユウヒは見つめた。
その全てを見ていた母親のヨキは、思わず目をそらした。
見ていられなかったのだ。
ヨキの様子に気付いたチコ婆は、娘の肩にポンと手を置き黙って頷いた。
その途端、ヨキはハッとしたように顔を上げて、自分自身を奮い立たせようとしているかのように勢い良く立ち上がった。
「ささ、急いで急いで! 旅の間中ずっと稽古してきたとはいえ、郷での舞いは久々だろう? 私もあとからすぐに行くから、体温めて待っておいで!」
ヨキの言葉に、二人の姉妹が驚いたように振り返った。
「え? 今年も母さんが舞いの稽古をつけるの?」
「あんなに飲んでおいて?」
ユウヒとリンが飽きれた声を上げて母親を見た。
「人を酔っ払い扱いするんじゃないよ! さぁ、行った行った!」
まだ酒臭い息の母親に追い立てられて、二人は慌てて家をあとにした。