「…王、だって?」
ユウヒが聞き返した。
リンもまた、チコ婆の言わんとするところを量りかねて問い返した。
「郷には王なんていないよね? 都の、王のこと? 関係ないでしょ、こんな山奥の郷」
何度も頷きながらリンの言葉を聞いていたチコ婆は、少し力を抜いたような声で言葉を継いだ。
「まぁ普通に考えれば関係あるとは思えないわな。でも、あるんだよ」
またお茶でも入れるね、とヨキがその場を離れたが、チコ婆はかまわず話を続けた。
「関係はある。でも詳しくは伝えられない。ただ王が亡くなられたその時から、一番最初に行われる神宿りの儀には、そういう意味がある、という事だよ」
「だから今年の神宿りの儀では、私達の誰かの身に神が宿る、と?」
ユウヒの言葉にチコ婆は黙って頷いた。
「チコ婆さま。あのさ、チコ婆さまらしくない言い方が引っかかってしようがないんだよ。こっちが気になるような言い方をするくせに詳しくは話せないって、結局私とリンに何を伝えたいの?」
リンも身を乗り出した。
「そういうものだって、それで納得してっていう事なの? でも王のことまで引っ張り出してきて…、王が亡くなるとなんで郷の娘に神が宿るの? それも聞くなっていうこと?」
チコ婆は目を瞑って腕を組み、二人の言葉を黙って聞いていた。
ヨキがよく冷えたお茶を持ってきた。流水に瓶ごとさらしておいたものだろう。
チコ婆はそれを流し込むと、孫達を見て言った。
「そうだ。それ以上は、まだ話せない。お前達の婆としては、正直なところそれを知らずに済むことを心のどこかで願っておる」
ユウヒはため息をつき、リンはあからさまに不機嫌な顔をした。
「何を言っても、それ以上はもう何も言ってくれないんだよね、チコ婆さま」
「すまぬな、リン」
別にいいよ、と諦め顔で、リンは冷たいお茶を飲み干した。
「ユウヒは…ユウヒは何かないのか?」
何か考えているふうなユウヒに向かって、チコ婆が声をかけた。
「いや、何を聞いてももう答えてもらえないなら仕方ない。要領を得ないのが気持ち悪いけれど…今回の祭が特別なもんだってのはわかったよ」
ユウヒもお茶を手に取り、ゆっくりと一口飲みこんだ。
普段は明るく活発なユウヒだが、実は腹の底で思っている事をほとんど口に出さない娘だった。
またいつものように自分の中で祖母の言葉を咀嚼して飲み込んでいる様子が、母のヨキにとってはなんとも辛いものだったが、こればっかりはどうすることもできなかった。
娘達が帰ってくる前に、ヨキはイチと一緒にチコ婆さまから話の全てを聞かされていた。
もちろん、他言できるような内容ではなかったし、娘だからといって情に流され安易に伝えていいような種類の話でもなかった。
わかってはいるのだが、母としては複雑で、胸の奥に重たいものがずんと落ちてきて辛かった。