チコ婆の言葉に、ユウヒとリンの顔からふっと笑いが消えた。
「ほとんどの年?」
ユウヒが聞き返し、リンが続く。
「どういう事?」
チコ婆は思ったとおりに食いついてきた孫達を微笑ましく思った。
しかしながら、その顔からも孫達と同様、笑みは消えていた。
「そう。ほとんどの年。つまりそうじゃない年もある」
また一息ついて、チコ婆はユウヒをじっと見た。
「神宿り、なんて、たいそうな名前だとは思わなかったかい?」
祖母が何を言おうとしているのか、いろいろ思いをめぐらせている時にふいに話を振られて、ユウヒは思わず本音を言ってしまった。
「そりゃ思ったよ。やっている事はまぁそれなりに神聖な儀式っぽいと思うけどね。神宿りって……ねぇ? 名前負けだろう、とかさ…ぁ……っ」
思わず口元を押さえたユウヒをあきれたようにチコ婆が見つめていた。
「はぁ…仮にも年寄り衆の孫だろう? よそでそんな事口にするんじゃないよ」
リンは思わず噴出して、笑いながら言った。
「姉さんと私の間でしか話してないよ、こんなの。私達はこれでも優秀な舞い手なんだから。期待されてんのよ、毎年」
「あきれた優秀な舞い手さんだよ、まったく!」
チコ婆が溜息まじりに、ただ苦笑しながらそう言った。
遠慮のない孫達に次の言葉を失っているチコ婆の後ろで、ヨキが必死に笑いをこらえていた。
郷でもかなりの発言力があり、年寄り衆の中でも一目置かれる存在であるチコ婆も、孫達の前ではこんなものかと、おかしくて仕方がなかった。
「まぁいい。私も若い時分には似たようなもんだったように思うしね。ヨキだってそうさ。でもね、このたいそうな名前にはちゃんと意味があるんだよ」
チコ婆の顔から穏やかさが消え、孫達の遠慮のない言葉に笑みを浮かべていた祖母の顔が、郷の年寄り衆チコ婆の顔になった
「その名の通りなんだ。神が宿るんだよ。舞い手である娘達の、誰かにね」
「はぁ?」
祖母の突拍子もない言葉に、ユウヒは変な声をあげたが、祖母の顔に笑いはまったく浮かんでいなかった。むしろ、悲しんでいるような、怒っているような、そんな複雑な顔をしていた。
のんきなユウヒも、さすがにこの時ばかりはしまった、とばかりに下を向いて、消えてしまいそうな小さな声で謝った。
「いや、謝ることはない。でも冗談ではないんだよ。本当に、そういう儀式なんだ」
顔を見合わせるユウヒとリンに目をやり、チコ婆は話を続けた。
「だいたいの年はそんな大それた儀式じゃなくて、ただ毎年恒例のお祭みたいなもんさ。でもね、違う年もある。今年もそうだ。今年の神宿りの儀では、その最中に舞い手のうちの誰かの身に神が宿る、はずだ」
「はず?」
リンが聞き返した。
「そう。器として最適な者がおらなんだ場合には、その次の神宿りの儀まで待つことになるようじゃ。でも今のところ、そういった年はないようだけどね」
チコ婆のその言葉に、ユウヒはどうしても引っかかって訊ねた。
「そんな話、今まで聞いたことないよ? 母さんも、チコ婆様だって、隠していたってわけじゃなさそうだし。なんでいきなり?」
チコ婆の眉がピクリと動いた。
「いきなり、と思うか?」
チコ婆の言葉にユウヒが頷き、リンも同様にチコ婆の方を見て頷いた。
何か考え込むように静かに目を閉じて、チコ婆は深い溜息を一つついた。
「確かに、もう二百年以上もの間、正式な意味での神宿りの儀は行われていない。ユウヒ、お前の言うとおりだよ」
そう一気に言うと、チコ婆は一息ついて、また座り直して姿勢を正した。
その様子を見て、リンが話の先を催促する。
「で、今までの年と今年とで、いったい何が違うっていうの?」
ユウヒも黙って祖母を見つめていた。
重たい沈黙が流れた。
ユウヒもリンも、視線を黙ったままのチコ婆から逸らさずに、ただじっと、次の言葉を待った。
チコ婆はもう一度ヨキの方を見た。
そしてヨキが頷いたのを確認すると、意を決したかのように静かな声で言った。
「王が、亡くなられた」