さっきまでヨキ達と酒を酌み交わし、陽気に笑い声をあげていた祖母のいきなりの変わりように、ユウヒとリンの動きがぎくりと止まった。
そして姉妹は顔を見合わせ、チコ婆と同じように座り直した。
ユウヒは飲みかけのお茶をいっきに飲み干し、空になった器を床に置いた。
ヨキは片付けの手を一瞬止めたが、思い出したようにまた片付けを始めた。
「さっきの話だったら、私はこのままで。聞いてはおくけど片付けはやらせてもらうよ」
チコ婆は、かまわないよ、といった風にヨキを見て頷くと、二人の孫の方を向いて一息ついた。
イチはあいかわらず寝転んだままだが、さきほどまで聞こえていたにぎやかないびきが、静かな寝息に変わっていた。
いきなり緊張感の漂い始めた場の雰囲気に、目を覚ましているようにも思えたが、チコ婆は聞かれてもかまわないと思っているようで、特にイチの様子を気にしているふうには見えなかった。
「ユウヒ…」
「はい」
「リン…」
「…はい」
二人とも口元をキッと引き締め、祖母の目を見つめている。
「今年も、神宿りの儀では舞の奉納を?」
チコ婆に問われてリンが答える。
「うん。出るよ。私も姉さんも出る」
「今日もこの後、舞の稽古があるんだよ」
ユウヒが続けた。
二人ともチコ婆が何を言い出すのかと構えていた分、少し拍子抜けだった。
この祭の時期に郷に帰ってくるということ。
それはつまり祭に、舞の奉納に自分達も参加するという事だからだ。
今さら何をわかりきったことを、とユウヒは苦笑した。
その様子を見て、チコ婆も同様に苦笑した。
「そうか。まぁ、そうだな、当たり前のことを聞いてすまなかった」
チコ婆が言葉を続けた。
「いや、今年の神宿りの儀はな、いつもの年のものとはな、ちぃと、違うんだよ」
「違う?」
「それは社遷しが同時に催される、という意味ですか?」
ユウヒとリンが、そろってチコ婆に問い返してきた。
チコ婆は一瞬、孫達から目をそらし、二人の母親である自分の娘、ヨキの方に視線をやった。
その視線に気付いたヨキは、片付けの手を少し止めてチコ婆の方を見ると、黙ったまま、ただゆっくりとうなずいた。
それを確認すると、チコ婆はまた孫達に向かって再び口を開いた。
「お前達、神宿りの儀について、どう思っているかな?」
ふいをついた質問に、ユウヒとリンは顔を見合わせた。
「どう、って言われても…」
二人の表情に戸惑いが浮かび上がる。困惑して、返す言葉がなかなか見つからない。
「まぁ、そうか。そうだな。いきなりそう問われても言葉に詰まるか」
「…はい」
いつもはこういった回りくどい話し方をしない祖母のらしくない物言いに、ユウヒもリンもその真意を測りかねていた。祖母はいったい何を言おうとしているのか?
「つまりな、神聖な儀式だの何だの言うてはおるが、実際そこに身を置いているお前達はどう感じているのか、っていうことだよ」
あぁ、そういうことかと納得すると同時に、二人は顔を見合わせて少し顔を歪めた。
「チコ婆さま。これは、その、正直に答えてもいいの?」
ユウヒの様子にだいたい言いたい事を察したチコ婆が微笑む。
ユウヒはリンと顔を見合わせて頷くと口を開いた。
「炎の、なんだっけ? 迎え火? あの篝火に囲まれてしんと静まり返ったその中の雰囲気はね、確かに荘厳というか何というか…」
リンが言葉を継ぐ。
「そんな所で舞っているとね、確かに神聖な気分になるというか、そういうのはあるよ…ね?」
「うん」
一息ついて、今度はユウヒがまた口を開く。
「ただ、儀式自体? あれについては毎年形式ばってきているというか、どういった意味があるのか、とか…いや、それは鳥獣様に奉納するとか、それはわかってるんだけどね。ただ正直に言わせてもらうと、よくわからなくてやっている子達がほとんどだろうね。実際私もリンも、それに近い」
ユウヒの思い切った言い様に、さらにリンも続けた。
「そうだね。姉さんのいうとおり。知識としてはわかってはいるけど、この舞いの奉納に本当にそんな意味があるのかとか。まぁ何となくやってるかんじはあるよ」
二人の嘘のない正直な言葉に、チコ婆は思わず噴出して大声で笑い出した。
「まったく! 遠慮のない孫達だよ。まぁ、そんなところだろうとは思っていたけどね」
「すみませんね、困った娘達で」
皿を洗うのも済んだのだろう。
ヨキが手を前掛けで拭きながら近寄ってきて、チコ婆の少し後ろに座った。
「まぁいいさ。私が言わせたんだし。実際、ほとんどの年は、ただの形式として神宿りの儀をやってるわけだからね」