八ヶ月ぶりの我が家だった。
イチはすでに酒を飲み始めていて、ヨキがその傍らに座って相手をしている。
二人ともゆっくりと酒を飲むのは久しぶりだった。
郷に戻ってくる道中は、獣や賊を警戒して常に気を張っているせいか、イチもヨキも酒を飲んだからといって酔うことはなかった。
チコ婆はそんな二人を気遣って、手伝いを孫のユウヒに任せた。
そして静かに語り合いながら酒を酌み交わすイチとヨキの姿に時々目をやっては、チコ婆は一人嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「ただいま」
リンは約束どおり、夕飯の支度が整う頃には家に戻ってきた。
「おかえり」
「おかえり、リン。シムザに会えたんだってねぇ」
イチとヨキは戸口の方を向き、杯を軽くあげてリン迎えると、また目線をお互いに戻して話の続きを楽しんでいた。
母の口からシムザの名前が出て、リンはハッとしたように奥の土間に目をやった。
ひょいと顔を出した姉のユウヒはニヤリと笑うと、にやけたままでリンを呼んだ。
「リン、おかえり。あんたはこっち」
「手伝い?」
「そう。あとはそっちに運ぶだけだけど…」
「わかった。すぐ行く」
部屋の隅に持っていた包みを置くと、リンは土間へ向かった。
「早かったじゃない。夜まで戻らないかと思ったよ」
ユウヒが冷やかすように言うと、リンは不機嫌そうにわざと目線をそらした。
「約束でしょ。姉さんが言ったんじゃない」
そうでした、とユウヒは笑った。
その様子を見て、リンはふくれっ面で言い返す。
「それにチコ婆さまとの約束は絶対なんです!」
「おやおや、嬉しいこと言ってくれるねぇ、リン」
チコ婆が料理の盛られた大皿をリンに渡しながら笑った。
肉の焼けた香ばしい匂いが湯気とともに広がる。
食べやすい大きさに切った鶏肉を香草とともに焼き、香辛料と塩で味付けだけの簡単な料理だが、家庭料理にしては見た目が豪華で酒にも合うということで、この郷では酒の席には必ず並ぶ一品だった。
「いい匂い…」
リンの手が思わず止まる。
「まだまだあるよ。どんどん運んでおくれ」
チコ婆は土間を忙しなく動き回り、出来上がった料理をどんどん皿に盛り付けていく。
土地のやせたホムラの郷では、米は高価なものだった。
その代わり、マルイモと呼ばれる芋の料理が中心で、餅や煮物、汁物などいろいろなものを芋で作っていた。
ユウヒとリンは、チコ婆の料理が盛り付けた皿を一つ一つ座敷の方へ運んだ。
五人そろっての久しぶりの食事に、酒も箸もどんどん進んだ。
身振り手振りを交えて旅の話をするユウヒとリンの姿に、チコ婆は手を叩いて大笑いし、時々ヨキが横やりを入れる。
イチはそろそろ酔いが廻ってきたのか、その場にごろりと寝転んでうたた寝を始めた。
チコ婆とヨキはとにかく酒が強くて、かなりの量を飲んでいるにも関わらず、時々空いた皿を片付けたり、口直しに簡単な料理をササッと作って出したりしていた。
楽しい時間もそろそろお開きにしようかという雰囲気になってきた頃、ふいにチコ婆が座り直して真顔で言った。
「ユウヒ、リン。話がある。ヨキにも、一応聞いておいてもらおうかね」