ユウヒ達一家が今回ホムラの郷を離れていたのはおよそ八ヶ月。
八ヶ月間というと、町並みにそれほどの変化はない。
だが、この祭の時期だけにある独特な、むせかえるような熱気に包まれていて、郷中が活気に溢れていた。人々もまた、祭の熱に酔っているような、うなされているような感じだった。
郷のいたるところに、色鮮やかな花が供えられている。
この郷では、あらゆるものに神が宿っていると考えられていた。
人々は、朝夕にはシャサの細長い葉で編んだ小さいかごに、花びらや葉などを入れてお供えをする習慣があった。日々の安息や平穏を神に感謝するための供物だった。
さらに神宿りの儀のあるこの祭の季節には、社に祀られている鳥獣に対する供物も町中に供えられる。茶一色に近い郷の景色と、背後に迫る山の緑色に供物の鮮やかな色が映え、通りの雰囲気は一転する。
鳥獣とは獣の姿でありながら翼を持っていたという伝説上の神獣のことで、郷を守護する神として郷の信仰の対象になっていた。
その姿が描かれているという古い巻物は、郷の社の御神体になっている。
鳥獣は陰と陽、善と悪の二面性を持っているとされており、人々は善の部分が陽、つまり表に出てきてくれている事に感謝すると同時に、悪の部分が陰、つまり表に出てくることなく裏側に止まっていてくれることにも感謝の意を表すのである。
そのような信仰上の理由から、郷の人々は時期を問わず、供物も陰陽の両方にそれぞれ供えるため、郷の中には花や香草の葉の匂いが絶えず漂っている。
祭の時期には郷の中が供物であふれてとても華やかになり、郷のどこにいてもその香りが漂ってくる。
ユウヒはこの時期の郷が好きだった。
民家が少し途切れた道端で、シャサが風に揺れていた。
――どれ、私も…
ユウヒは近付いていくと、シャサの葉を引っ張った。
「つっ…! あぁ、またやった」
シャサの葉を手折る時、ユウヒは必ず葉の端の部分で指に小さな切り傷を作った。
それは幼い頃からずっとそうで、シャサの葉で傷を作るたびにユウヒは、自分の成長しなさ加減に思わず笑ってしまうのだった。
ササッと慣れた手つきでシャサのかごを2つ編み上げると、その辺に咲いている花をいくつか摘み取り、出来上がったばかりのシャサの葉のかごの中に置いた。
同じものを二つ、並べて道端に置くと、ユウヒはその場に座り、手を合わせた。
「さて、帰るとしますかね…」
そうつぶやいて、ユウヒは立ち上がった。
日が少しだけ西に傾き始めていた。
吹き始めた風が花の淡い香りを運んで、ユウヒの髪を揺らし、静かに通り過ぎて行った。