「なんだよ、それ…」
「うわぁぁぁっっ!!」
突然の背後からの声に、ユウヒが驚きの声を上げて勢いよく振り向いた。
そこにはユウヒの腕に視線が釘付けになったスマルが、布に包まれた荷物を持って立ち尽くしていた。
「ス、スマル!?」
「おぅ! で、なんだよお前、それ…」
そう言うと、スマルは悪びれもせずに部屋に入ってきて障子を閉めた。
「なんだよじゃなくて! せめて一声かけてから入って来るもんだろう!!」
「ぁあ?」
「ぁあ、じゃない。お前なぁ…女の部屋に入るんだぞ?」
ユウヒが呆れ果ててスマルに言ったが、晒した肩を隠す様子は微塵もない。
一応文句を言ってはいるが、特に恥ずかしがっている様子もユウヒにはなかった。
スマルもそんなユウヒを見て、ため息を一つもらして吐き捨てる。
「女ぁ? あぁ…そう思うんなら少しは恥ずかしがれよ。お前相手に今さら馬鹿らしい…」
「失礼なヤツだなぁ…そっちこそ少しは照れるぐらいしたらどうなんだよ?」
「お前が両肩肌蹴てるの見たぐらいで俺が照れるかよ。いいからそれ見せてみろ!」
スマルは荷物をその場に置くと、膝立ちになってユウヒの側に寄った。
「…スマル。お前、覚えとけよ」
「はいはい、悔しかったら俺がひるむような事してみせろや。だいたいなぁ、お前だって俺が男だっての、いつもすっかり忘れてんだろうが。で、これ…何?」
お互いに憎まれ口を叩くだけ叩くと、スマルは改めてユウヒを見た。
肘の少し上あたりから腕、肩にかけて、くすんだ青い炎のような模様が浮かび上がっている。
見た目には刺青のようだが、彫り物でもなければ、腕に描かれたものでもない。
もちろん、生まれつきあったものでも当然なかった。
「こんな痣、お前なかったよなぁ、ユウヒ」
「うん。たぶんあの祭の夜からだと思うんだけど…」
「そうか…」
スマルはユウヒの腕をとって、その模様を指でなぞってみた。
肌の表面に凹凸などはなく、傷をつけたような痕も見当たらない。
「痛いのか?」
「いや、全然。初めのうちはずいぶん熱を持っていたんだけどね。今じゃ何ともない」
「そうか。例の選ばれたとかいう、あれが関係しているんだろうな」
「たぶんね。リンには同じ場所に赤い炎の模様が浮かび上がってるらしいよ」
「リンにもか…」
二人は祭の時の、あの不思議な光景を思い浮かべていた。
ユウヒはもう一度、紫の霧に包まれた空間での出来事をスマルに言って聞かせた。
リンから伸びる赤い炎と、自分から伸びた青い炎。
それが交わってできた紫色の炎と、その後の紫色の霧の空間。
ホムラと対になって舞い始めてから、ずっと肩や二の腕に熱を感じていた事。
そしてずっと続いている耳鳴りの事。
ユウヒはその全部を洗いざらいスマルに話した。
腕を取り、その炎のような模様を見ながらスマルは黙って聞いていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういやお前、呼ばれているって言ったな、ユウヒ」
「うん。声が頭の中で響いているような感じなんだけどね。誰かが私を呼んでいるのは確かだと思うんだよ。声がしているその時だけ、肩がやけに重たく感じるしね」
「そうなのか?」
スマルが不思議そうに聞き返した。
「そう。前はその時だけだったんだけど、今はもう耳鳴りが止むことがないから、肩もずっと重たいままだね」
「そうか…いったい何なんだろうな」
スマルが言うと、ユウヒは目を逸らしたままで小さくつぶやいた。
「…お前は…聞いているんじゃないのか、スマル」
「えっ……」
ユウヒの低い声に、スマルの動きがピタリと止まった。
何も言えず、何も出来ずにスマルが固まっていると、ユウヒがフッと静かに笑った。
「……悪い。忘れて、今の」
ユウヒは申し訳なさそうに視線をそらし、立ち上がって肌蹴た衣服をささっと整えた。
「暇過ぎて…ちょっと魔が注した。ごめん、スマル」
「…あ、あぁ……」
スマルは顔が上げられなかった。
着衣を整えたユウヒが、スマルの正面に座った。
なかなか自分の方を向こうとしないスマルに、ユウヒはため息交じりに言った。
「お前、もうちょっと嘘が上手につけるようになった方がいいぞ?」
「うるせぇ…余計なお世話だ。あ! そうだ、これ…」
スマルはそう言って、隅に置いたままにしてあった持参した包みをユウヒの前に差し出した。
「チコ婆から依頼があったお前の剣だ、ユウヒ。トーマさんから言われて持ってきた」
そう言われて、ユウヒは迷わず包みに手を伸ばした。
「…見ても?」
スマルが黙って頷くと、ユウヒは嬉しそうに包みを解いた。
「ぅわ……」
ユウヒは言葉を失い、目の前の生まれ変わった自分の剣に心を奪われたかのように釘付けになった。
見事な寄木細工が施された鞘に、濃紺の布が巻かれた柄。柄に取り付けられた同色の紐の先には、手首を通す輪がやはりあった。
剣を抜き、さらに驚く。
鍛えなおされた銀色の輝きを湛えた剣は、障子を通した柔らかな光にも見事に映えていた。
「ん?」
ユウヒが今まで使っていた剣との違いに敏感に気付いた。
「これ…ひょっとして、切れるんじゃない?」
「……あぁ、切れる。これは舞い用に鍛えられたもんじゃない」
「やっぱりそうか」
離れの中の空気が変わり、二人に緊張にも似た感情が湧き上がった。
「いよいよ出発の時だって事なのかな、これは」
ユウヒの言葉にスマルが息を呑んだ。
そんなスマルの様子を横目に見ながら、ユウヒは剣を鞘におさめ、その寄木細工をまじまじと見つめた。
「これ、スマルがやったんだよね?」
ユウヒは手にした剣を持ち替えては、いろいろな角度から鞘の寄木細工を眺めていた。
寄木細工の模様一枚を貼り付けただけの簡単な細工ではなさそうだった。
これはもう間違いないと確信して、ユウヒはスマルに聞いてみた。
「スマル。これはいつものアレだよね?」
「…あぁ、そうだ。チコ婆に言われて俺が細工した」
「そうか…通りで……」
関心したようにそう言いながら、ユウヒはまだ鞘をいろいろと調べていた。
そしてふと何かに気付いたように、鞘を水平にすると、剣先側からずっと鞘を見つめていた。
「細工は…これだけ?」
「え? あの…いや、なんつーか、ほら、そう! ちょっと仕上げが間に合わなくってさ!」
「間に合わなかった?」
「そうなんだよ…わ、悪ぃな、ユウヒ……」
そう言って、照れくさそうに俯いて頭を掻くスマルを、ユウヒはじっと見つめていた。
スマルが寄木細工を渡す時に、まだ出来上がっていないなどと言うのはこれが初めてだった。
「…まぁいいさ。じゃー急いで帰って仕上げてよ。私決めた。明日、郷を発つよ」
「えっ!?」
スマルが驚いて顔を上げた。
「明日だって?」
「そうだよ。間に合わない、って言いたいの?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど…」
口ごもってしまったスマルはまた俯いて頭を掻いている。
「今日はもういいよ。これ、届けてくれてありがとう。トーマさんにもよくお礼を言っておいて」
「あぁ、わかった…」
二人は立ち上がり、ユウヒがスッと前に出て障子を開けた。
スマルが少しまぶしそうに目を細める。
開けた障子に寄りかかり、腕を組んだユウヒに促されて、スマルは部屋の外に出た。
「外まで出て見送ってやりたいけど、今はよほどの用事がない限りここから出るなって言われてるから、ここで…」
「あぁ…じゃあな、ユウヒ」
「うん。いろいろありがと、スマル」
「おぅ…」
振り返らずにそのまま離れを出て行くスマルの背中を目で追いながら、ユウヒはボソッとつぶやいた。
「まったく…本当に嘘の下手なヤツだね、スマル」