帰郷


「おい、お前達! 馬をつないで来てくれないか?」

 後ろからイチの声がした。

「父さんは母さんと一緒に荷物を家まで運んでおくから」
 荷物は荷車にうつされ、丈夫な縄でしっかりと固定されていた。

 リンがスッとイチの方に近寄った。
「ごめん、父さん。チコ婆さまと話し込んで何も手伝わなかったよ」
 申し訳無さそうに言うリンの頭を、イチは気にするなとでも言うようにポンポンと叩いた。
「いやいや、せいぜい婆さま孝行してやりな。じゃ、馬、頼んだぞ。ユウヒ! お前もな!」
「はいよ〜!」
 イチの方に顔だけ向けてユウヒが返事をした。

 荷車の後ろにいるヨキに声をかけると、イチは荷車を牽き始めた。
 ヨキは後ろから荷車の荷台を押している。

 その様子を見て、チコ婆も荷車の方へ歩き出した。

「じゃ、私も手伝って家に戻るとするよ。二人とも、そんなに急いで家に戻らなくてもいいからゆっくりしておいで。今年は社遷しの年だからね。まだホムラ様はお入りになっちゃいないけど、新しい社も見てくるといい。そりゃぁ立派なもんだよ」

 それだけ言うと、チコ婆はイチとヨキの荷車の後を小走りに追った。
 まだ走らせる気かい、とチコ婆がヨキに向かって大声を上げているのが聞こえてきて、ユウヒとリンは思わず吹き出してしまった。

 チコ婆とヨキのにぎやかなやりとりも、荷車が小さくなるにつれて聞こえなくなってきた。

「じゃ、私達もそろそろ行こうか」
 ユウヒがそう言うと、リンは黙って頷いた。

 二人は馬をひいて、厩の方に向かって歩き始めた。

 郷の中には厩が何箇所かあって、中には宿屋を営んでいる大きなものもあった。
 どこの厩でも前金をいくらか渡すと馬を預かってくれる。
 客の注文に応じて馬の世話をし、返却の際にその不足分の金を渡す仕組みになっている。
 厩番の方も腕は確かで、長旅で疲れた馬も数日間預けておくと見違えるように元気になり、美しい毛ヅヤを取り戻しているものだから、この郷では自分で世話をするよりも、金がかかっても厩に馬を預けるものがほとんどだった。

「姉さん、ヤシロウツシ、って何?」
リンが唐突に訊ねてきた。
 何を言い出すのかとユウヒは驚いたような顔でリンを見たが、すぐにさきほどのチコ婆の言葉のことだと気付いた。
「あぁ、そうか」
 ユウヒはリンの手をとると、手のひらに文字を書きながら話し始めた。

「こ…んな…字を書くんだ。以前母さんに聞いたことがある」
「社遷し? 私は聞いたことないなぁ」

 ユウヒがなぞった手のひらを見つめながら、リンは眉を寄せ、怪訝そうな顔をしている。
 そんなリンに苦笑しながら、ユウヒは言葉を続けた。
「そう? なんでも二十年に一度、ホムラ様の祀ってある社を新しくするって話だよ。確か場所も動かすって言ってたような気がしたけど…」

 その言葉を聞いて、リンが何か思いついたように少し興奮ぎみに話しだした。
「なんかすごいね。社って神宿りの儀の、あそこだよね。今はじゃぁ新しいのと今建っているのと、二つ社があるって事なのかな?」

 ユウヒは少し驚いたように、リンの方に顔を向けた。
 なるほど、それはそうかもしれないと、ユウヒは二つ社がある光景を想像してみた。

「たぶんね。馬をつないだら見に行ってみようか?」

 ユウヒがそう言うと、リンも嬉しそうに答えた。

「きっとみんなも見に来ているよね。行ってみよう!」

 久しぶりに訪れた故郷の町を、ユウヒとリンは楽しく話しながら歩いて行った。

 時折すれ違う友人達は、皆示し合わせたかのように二人のもとへ駆け寄ってきては、この後はどうするのかと予定を聞いてきた。
 二人ともチコ婆さまと夕飯を共にするという約束をしていたので、その旨を告げた上ですべての誘いを一応断っておいた。
 友人達の相も変らぬ様子に、ユウヒとリンは顔を見合わせて、声を上げて笑った。

 たわいもない会話を楽しみながら、二人は郷の奥まで歩みを進めていった。