帰郷


 例年、祭が催されるこの時期になると、ホムラの郷には連日のように荷馬車がひっきりなしに到着する。それらは皆、帰郷してきた者達が乗ってきたものだ。

 今年は、毎年行われている『神宿りの儀』と呼ばれる祭の他に、二十年に一度執り行われる『社遷し』という大きな祭の年にも当たっていた。
 そのせいか、祭の前の慌しさは例年の比ではなく、郷のものは皆、忙しなく動き回っていた。
 連日、新しい社を建造するノミやツチの音が、喧騒と熱気の合間にカーンカーンと鳴り響き、その音は遠くの山々や青い空へと響き渡っていた。

 その社の建造もほぼ完了したようで、工具の音に代わって祭りの準備をする男達の声が、喧騒に混じって聞こえてきていた。

 すでに馬や人で溢れかえっている郷の入り口に、また一台荷馬車が到着した。
 久しぶりに見る懐かしい顔に、帰ってきた者も出迎える者も、皆自然と声は大きくなり、抱き合って再会を喜んでいる。

「ヨキー! イチー!」
 声の大きさのわりには力のない声が聞こえてきた。

「ヨキ。チコ婆さまが来てるぞ」
「え? どこ?」
 イチに言われ、ヨキはバタバタと荷台から降りると、雑踏の中、声の主である自分の母親、チコ婆の姿を探した。

「あぁ、ヨキだ。ヨキ、こっちこっち!」
 おそらくその歳頃にしては背の高い老婆が、しゃんと背筋を伸ばして立っていた。
 ヨキの姿を見とめると、手を振りながらよろよろと近付いてきた。
「ちょっと見ない間にずいぶん弱ったもんだねぇ、母さん。大丈夫かい?」

「誰に向かって物を言ってるんだい!」

 チコ婆は胸に手を当てて数回深呼吸をして息を整えると、ヨキの腕をぐっと掴んで言い放った。
「今日帰ってくるってのをすっかり忘れていたのさ。だからね、家からここまで走ってきたんだよ! こんな母親に対して弱ったなどとはどういうことだい!」

 チコ婆の剣幕に、皆、無事の再会を実感して胸を撫で下ろす。
「あいかわらずだね、チコ婆さま。お元気そうで」
 荷物を下ろす手を止めて、イチがチコ婆に声をかけた。
「おぉ! イチ! お前さんも元気そうでなによりだよ」
「おかげさんで」
 笑ってそう答えると、イチはまた荷台に上がり、荷物を運び出す作業に戻った。

 荷台の中では二人の娘達が、イチを手伝って片付けをしていた。
 その片付けもほぼ終わった頃、イチはチコに挨拶するよう娘達に声をかけた。
「え? チコ婆さまが来てるの? 早く言ってよ!」
「ホントに・・・」
 怒ったようにリンが言い放つと、ユウヒもそれに続いた。

「あぁ、ごめんごめん」
 イチはバツが悪そうに頭を掻きながら詫びた。
 娘達の飽きれたような言い方に、さすがにイチも言うのが遅かった事に気付いたらしい。
 その言葉を背中で聞きながら、リンは荷台から飛び降り、祖母のもとへと急いだ。

「何かあったら、また声かけて」
 イチのほうに一声かけると、ユウヒもゆっくりと荷台から降りて祖母の方に向かった。