『郷の尊き血脈を絶対に絶やしてはならない』
古くからホムラの郷に伝わっている言葉だ。
ホムラ郷では、ユウヒ達の家族に限らずその住人のほとんどが、郷への定住をあまり良しとは考えていなかった。
もちろん定住している者も中にはいないわけではない。
だが、郷の住民の多くはある程度の年齢になると郷を離れ、あちこちを流れながら暮らすようになっていた。そこでいくつもの出会いや別れを経験し、また郷へ帰ってくる。
一人で戻ってくる者もあれば、夫婦となって連れ合いを伴って帰ってくる者もある。
ただどういった場合であれ、ここ、ホムラの郷の者達は、帰巣本能でもあるかのように必ず郷に帰ってくるのだ。
結果的に、郷内での近親婚も減り、血が濃くなりすぎることはない。
また血が絶やされることもなく、いろいろと混ざりあいながらも、そのホムラの血は脈々とその子孫達に受け継がれて今日まで続いていた。
ユウヒとリンの母、ヨキもホムラ郷の人間だ。
ヨキは二十三歳の時にホムラの郷を出て、ヒヅというホムラよりも東方の国で、イチという男に出会い夫婦となった。それからもあちこちを転々とする生活を続け、ユウヒとリンが生まれた後もその生活は変わっていない。
それでも毎年、祭の時期には必ずホムラの郷に帰ってきている。
流れ者の多いホムラでは、いろいろな訛りのある言葉が飛び交い、異国の言葉もよく耳にする。イチの異国訛りの言葉も、ホムラでは特に珍しいものではなかった。
「ユウヒ。リン。郷だよ」
馬を操る手綱を片手に持ち直し、だんだんと近付いてくる妻の故郷をイチは指差した。
「わかってる! 姉さん! 見た?」
さっきから何度となく自分が口にしているのと同じ内容を、さも自分が一番に気付いていたような口調で父親に言われ、リンはうるさそうに顔を少し歪めた。
「はいはい、見てるよ。父さん、前に来たのはいつだっけ?」
荷台から飛び降りた際に、よろけて膝についてしまった土を払いながら、ユウヒが早足で後ろから近付いてきた。
イチは目を細めて郷の方を向いたままで答えた。
「祭のあと、母さんの用事で一度寄ったからな…半年、いや八ヶ月ぶりくらいか?」
「そんなもんか」
朝の日差しに浮かび上がる郷を眺めながら、ユウヒはつぶやいた。
「姉さん、久しぶりだね。懐かしいよね」
いつの間にか隣に並んで歩いていたリンが、笑顔で話しかけてきた。
「みんな元気かな?」
リンは久しぶりに会う友人達の顔を思い浮かべては、昔話をひっきりなしに続けていた。
その姿を視界の隅に捉えながら、ユウヒはただぼんやりと郷を眺めて歩いていた。
久しぶりだと喜ぶリンに対して、ユウヒはそれほど浮かれてはいなかった。
確かに友人との再会は楽しみではあるけれど、あちらこちらを転々と渡り歩く流れ者のような生活も、ユウヒは嫌いではなかった。
ユウヒは開けっぴろげな性格のせいか、人当たりも良く、世話好きな人間だと思われていた。
だが実際、誰彼かまわず懐奥深くに入ってこられるのを、どちらかと言うと不快に思うユウヒにとっては、定住でより強くなっていく人との関わりは煩わしいものでしかなかった。
「姉さん、どうした?」
リンがこちらをのぞきこんでいる。ユウヒは慌ててとってつけた様な笑顔を返した。
「なんでもないよ。楽しみだね。みんな、元気にしてるかねぇ」
何か言いたそうに視線を残したリンは、目が合うとニコッと笑い、その視線を郷の方に移して歩き続けた。
「父さん! あとどれくらいで着きそうなんだい?」
荷馬車の荷台からヨキがイチに話しかけた。
「んん? そうだなぁ、半刻もしないうちに着くんじゃないか?」
「あら、間に合わないねぇ。父さん、ユウヒとリンを荷台に呼んで!」
幌の中で荷物をまとめているヨキに頼まれ、イチは並んで歩いている姉妹に声をかけた。
「ユウヒ! リン! 母さんの手伝いを頼むよ!」
「はい!」
「わかった!」
二人は返事をすると荷馬車の後ろへと走って行った。
日が昇るにつれて、少しずつ気温が上がり始めたらしい。
遠くに見えていた山々が、次第に蒼くぼんやりとけむり始めていた。