[PR] インプラント 1.帰郷

帰郷


「見えてきたよ〜!」

 馬の横を歩いていた娘がくるりと踵を返し、軽い足取りで荷馬車の方に走り寄ってくる。
 荷台の隙間に右足を掛けると、ひょいと荷台の幌の中に飛び込んできた。

 年頃の娘がまた…と、ぼやく声が前方から聞こえる。

「起きて! 起きてよ、姉さん。郷が見えてきたよ!」
「あぁ、おはよう、リン。何? どうした?」

 いきなり叩き起こされて、馬車の中の人物はぼんやりとしたままゆらりと体を起こした。
 その様子を見て、リンはいっそう張りのある元気な声で話しかける。

「もう・・・寝惚けてないで! 早く外に来て。郷が見えてきたの!」
 そう言って急かすように姉の肩をポンポンと二回軽く叩き、荷台を飛び降りた。

「早く早く!」

 嬉しそうにまた荷馬車の前方へと走っていく妹のリンを、まだスッキリと目覚めきらないままの頭でぼ〜っと見送ると、その場で思い切り体を伸ばした。

「おはよう、ユウヒ。やっと目が覚めたみたいだね」
 すぐ横から母親の声がした。
「あぁ、母さん。おはよう。寝すぎたかな? 体が痛いよ」
 無理矢理起こされた姉のユウヒは、苦笑しながらボソボソと静かに言葉を吐き出した。

 はしゃぐ妹のリンとはあまりに対照的なその姿に、母親のヨキはあきれたように答えた。
「そりゃ完全に寝すぎだよ。早く外に行ってやりな。郷が見えてきたってさっきから大騒ぎだよ」
「郷が? あぁ、もうそんな…私はそんなに寝てたのか」
 ユウヒは身支度を整え、荷台から飛び降りた。

 まだ体が完全に目覚めていないのか、うまくバランスがとれずにその場でよろめいて、ユウヒは思わず地面に手をついた。
「姉さん大丈夫〜? ほら、あそこ見て! ホムラの郷だよ!!」
 リンは待ちきれないといった様子で、荷馬車の向かう先に見える集落を指差した。


 そこには久しぶりに目にする懐かしい光景があった。

 空は大きく広がり、周りを取り囲む山々の稜線をくっきりと浮かび上がらせている。
 キンと乾いた空気が少し肌に冷たい。初夏の緑に包み込まれるようにその集落はあった。
 さほど大きいわけでもないが、自然に囲まれたその場所では明らかにそこだけが異質で、小さな規模のわりには、ぽっかりと際立って見えた。

 ――帰ってきた。

 この景色を目にするたびに、ユウヒはそう思った。

 ユウヒの家族はその住処を転々と移動しながら暮らしていた。
 故郷と言うにはあまりに過ごす時間は短いのだが、それでもユウヒにとってホムラは帰る場所であり、目の前に広がるこの景色は紛れもなく故郷の光景とユウヒは思っていた。

 ユウヒ達を乗せた荷馬車の車輪の音が、ガタガタと響いては、ホムラの郷を包み込む自然の中に溶けて消えていった。