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篝火の夜


 そこにいる誰もが、次に続く長老の言葉を待っていた。

 静かになると、風に乗って漂ってくる焼けた獣脂の臭いがやけに鼻につく。
 篝火の灯りはユラユラと燃え続け、煙は星が瞬く暗い夜空に吸い込まれていった。

 ふと、力のない声で、長老が言葉を吐き出した。
「すまんな・・・まだ、話せない。」

「まだ? ですか?」
 怪訝そうにスマルが聞き返す。
 長老はただ、黙って頷いた。
「そう。まだ、だ。この後、私は年寄り衆の集まりに顔を出す。急に集まる事になってな。おそらく件の早馬について、話をするのであろう。そういう事になっとるんでな、私の一存では何も言ってやることはできんのだ。すまんな。」

 長老の言葉の後、奇妙な間があった。
 思っていた以上にただならぬ事態であるという事に、そこにいた面々の誰もが気付かされたからだった。スマルの声にも、その動揺が現れていた。
「いえ・・・え? 年寄り衆、ですか? 年寄り衆が招集されるほどの・・・という事ですか?」

 長老は片方のまゆげをピクリとさせたように思えたが、それでも表情はつとめて動かさないようにして続けた。
「・・・そういう事だと思ってもらってかまわぬ。追って沙汰があるだろう。しかしそれまでは何も話せない。無論、憶測で妙な戯言や根拠のないうわさを広める事も控えてもらいたい。今はそんな事しか伝えられないが、皆、わかってくれるな?」
 長老は一人一人見つめるようにしてその場にいる者達の間に視線を走らせた。


「長老様!」

 声をあげたのは、さきほどたしなめられた若者、シムザだった。
「ただごとではないというのは理解したつもりですが、でも気になります。いつ頃になったら教えていただけるのですか?」

「シムザ!」
 スマルが腕を伸ばしてそれを制したが、長老は軽く手をあげて答えた。
「かまわぬ。詳しくはまだ明かせない、事が宮のからむ問題となるであろうからな。だから一両日中とは行かないかもしれん。他の年寄り衆がどのように考えているか、わからんうちからいいかげんなことも言えんしの。しかし遅くとも祭の、社遷しの前には必ず知らせる必要があると思うておる。これで良いかの?」

 男達はヒソヒソと話をしたり、顔を見合わせたりしていたが、やがて長老の方に顔を向け、両の拳を地面につけて座ったまま深く礼をした。
「はい、わかりました」
 スマルが口に出して言うと、他の男達もそれにみな続いて、長老に向かって頭を深々と下げた。
 長老はさきほどよりもいくらか和らいだ表情で皆を見回すと軽く頭を下げた。
「すまんの、ありがとう」

 そう礼を言った長老は、ふと思い出したように振り返ると、シムザに向かって声をかけた。
「のぅ、シムザ」
「はい、長老様」
 直接話しかけられて、シムザが嬉しそうに返事をした。

 シムザはまた少しでも都や、宮の使いの話を聞けるのかと期待して、長老の方に歩み出たが、長老は穏やかな笑顔を浮かべたまま、期待したそれとは違う話をし始めた。
「シムザ。お前はまだ若い。都や宮に興味があったりするのも無理からぬことだろう。だがな、何でも大概にしておいた方がいいという事もある。どんな華やかな期待をしているのかは知れないが…のぅ、シムザ。わかるか?」
 期待していた答えが聞けなかった事と、周りからの失笑を買ってしまったことへの気恥ずかしさとで、シムザはガクンとうなだれた。
 下を向いてうつむいているシムザの肩に、いつの間にか近寄ってきていた長老がポンポンと手を置いた。

「さて、皆! 今日はこれで終いだ。また明日も社の建造に、送り火の点火にと大変だが、精を出して働いておくれ」
 はい、と男達は答えると立ち上がり、それぞれの家へと帰って行った。

 まだ少し納得のいかない様子で、シムザがその場に残っていたが、他の男達に促されて、渋々、広場を後にした。



 < 序章 〜完〜 >