そしてほぼ半刻後、サクが立っていた場所のすぐ横の扉が勢いよく開かれた。
「ごめん、待たせた!」
「女でこれくらいの時間なら上出来だろう。飯が食ったのか?」
「いや、食べながらいく」
言っている先からユウヒが握り飯を頬張りながら歩きだす。
サクは呆れ顔でその後を追った。
「握り飯頬張りながら朝議に向かう王様ってどうなの?」
「朝議の途中でお腹鳴っちゃうよりマシ! で、今日の議題は!?」
「あのなぁ……まぁいい。今日はお前、スマルの話をするんだろ?」
「うん。最初にね」
そう言ってサクに持たせていた竹筒を受け取り、ヒヅルが飲みやすいようにと冷ましてくれていたお茶をぐいっと流し込む。
「で、その後にルゥーン関係の政策について今までよりも詳しく話すつもり。みんなの意見も聞きたいしね。あとは、そうねぇ……」
「なんだかなぁ。とんだ王様だな、お前」
「え? 何!?」
「いや、なんでもない」
苦笑混じりのサクと共に、階段をドタドタと二人して駆け下りていく。
「サク! 急いで!」
「さっきまで寝てたお前が言うか! あぁもう、下りは苦手なんだよ、階段」
「ははは、転ばないでよ。サクヤいないと朝議が締まらないんだよ」
「そんな事ないだろう」
「あるよ。いるといないじゃ空気が違う」
「そうなの? だったら階段駆け下りなくて済むように早寝早起き、よろしく頼むよ」
「努力しますよ、朔殿」
談笑しながら塔の外に出た二人は、隣の塔に移動して今度は階段を駆け上がる。
「何でこんな走らないといけないの! 即位の時みたいに、廊下と繋いでくれたらいいのに」
「走って移動するしかない状況にしたのは誰?」
「あぁもう何言っても結局はそこか!」
「そうだよ! いいから走れ!!」
上りになるとやはり体力のあるサクの方が先行する。
ユウヒは装束の裾を邪魔そうに託し上げて、階段を一段抜かしに駆け上がりサクの背を追った。
二人が王の間の前に着いたのは、朝議のほぼ定刻であった。
苦しそうに肩で息をするこの国の頂点にいる二人の姿に、扉の前に立つ禁軍の兵士が呆れたように声をかけた。
「まったく……何をなさっているんですか」
「お二人がそんな様では、さすがにこの扉、まだ開けて差し上げるわけにいきませんな」
彼らは一兵士に過ぎないが、一連の出来事でユウヒにもサクにとってもかつて知ったる間柄なのである。
それでも二人に対する敬意の感じられる態度で、その兵士は話を続けた。
「もう少しだけ待ちますから、お二人とも、息を整えて下さい。あと、身なりもです」
まるで叱られた子どものように、ユウヒとサクは顔を見合わせてばつが悪そうに笑った。
そして言われた通りに装束の乱れを直し、ゆっくりと深呼吸をして息を整える。
瞑目していたユウヒがゆっくりと息を吐きながら目を開けると、廊下の空気が一瞬にして変わった。
「……ごめん。もう大丈夫」
サクの表情も、宰相・朔のそれに変わる。
「俺もだ。よし、開けてくれ」
声色すらも頼もしいものに変わった二人に、兵士達は顔を見合わせた。
一人の兵士が扉をコンコンと叩いて合図を送る。
すると王の間の中の方から同じように合図が返ってきた。
「では、開けますよ」
「サク殿、お願いします」
兵士達に促され、サクはまずユウヒに声をかけた。
「いくぞ、ユウヒ」
「……うん」
きりりと引き締まったユウヒの表情を見て、サクは頷き、大きく息を吸い込んだ。
「蒼月、入殿!」
王の間の大きな扉が中からゆっくりと開かれる。
そこには大臣達や将軍をはじめとする、この国を動かしている官吏達の姿があった。
ユウヒは彼らの視線を一身に受けながら、朔を従え、王の間の中へとゆっくりと進んで行った。
そして扉はまたゆっくりと閉められる。
中ではすぐに朝議が始まっている事だろうが、廊下までは聞こえては来ない。
新しく一歩を踏み出したばかりの、クジャ王国の日常の風景の一つである。
そしてもう一つ。
「はぁ……今日も無事に始まったな」
「まったく。あいつホントに大丈夫なのか?」
「まぁユウヒらしいと言えばユウヒらしいんだけど」
「朝議が無事始まるまではいつもヒヤヒヤするよ」
「始まったら始まったで、またドキドキするしな」
「まったくだ」
王の間の扉の外で、警備にあたる兵士達がそんな安堵と不安の声を漏らす。
そういう二人の様子でさえも、これはこれでまた新しくなったこの国の日常なのである。
小さな日常を少しずつ積み重ねながら、このクジャという国の歴史はどこまでも続いていくのだろう。
そんなクジャの様子を見守るかのように、晴れ渡る青い空には眠り忘れた真っ白な月が、ぼんやりと静かに浮かんでいた。