「ユウヒ様! 目を覚まして下さいませ。サク様がお待ちでいらっしゃいます! たいそうお怒りのご様子ですよ! ユウヒ様! もうっ、ユウヒ様ったら!!」
うたた寝のまま寝入ってしまったのか、着替えもせず寝台の上に不自然な態勢で横たわるユウヒを揺さぶりながら、王付きの女官ヒヅルが声を荒げていた。
「どう? うちの王様は目を覚ましてくれそうなの?」
「きゃーっ! ちょっと、サク様! ご婦人の寝所に何を遠慮もせずに入って……ちょ、お待ち下さいませ! いくらサク様でもこのような無礼っ」
「朝議の時間が迫ってるっていうのに爆睡かましてる女に対して無礼も何もないでしょう? 違うの、ヒヅル?」
「そっ、それとこれとはまたお話が違います!!」
「へぇ〜、そうなんだ。でも俺には一緒なの。ごめんね、ヒヅル」
そう言うや否や、ユウヒの顔をサクがぴしゃぴしゃと叩き始める。
「おぉ〜い、起きろ〜? お前、いい加減にしろよー?」
「おやめ下さい! だいたいユウヒ様は着替えもまだ……」
「えー? だってこいつもう着替えてるじゃない。あぁ、これ昨日の……」
そう言った途端、サクはユウヒを起こそうとするのをやめて溜息を吐いた。
「サク様?」
いきなり表情を曇らせたサクを見て、ヒヅルが不思議そうにその顔を見上げる。
サクはその視線に気付いてふっと緊張を解き、そして小さく笑ってつぶやいた。
「……眠れなかったのか」
「はい?」
戸惑ったように聞き返すヒヅルに、サクは溜息混じりに教えてやった。
「スマルがね、今朝ルゥーンに向けて出発したんだよ」
その言葉でヒヅルもいろいろ納得したようで、ユウヒの装束の裾を直し、また肌掛けを掛けなおしてやりながら言った。
「随分遅くまで起きてらしたのは気付いておりましたけれど……そうですか。スマル様が……」
そう言って二人黙って寝台のユウヒを見下ろす。
ユウヒは身体を丸くして、静かに寝息を立てていた。
「気持ちはわかるけどね。でもやっぱり、朝議の時間が迫っているのには変わりないんでね」
「えっ!? ちょっと、なんでこの流れでそういう話になっちゃうんですかぁ!!」
「王様なんだよ、王様! こいつはね、王様なの!」
「それはそうですけれど……ちょっと、サク様!」
ヒヅルの制止もきかずにサクはユウヒの身体をごろりと返して声を張り上げた。
「起きろ! 蒼月!! 朝議の時間だ!!」
「…………はぃ」
「ユウヒ様!」
寝ぼけたままに返事をしたユウヒの傍らに、さっとヒヅルが歩み寄る。
「ささ、殿方は部屋から出て下さりませ。ユウヒ様は急いで準備を……」
「ユウヒ!」
ヒヅルの言葉を遮ってサクがユウヒの名を呼んだ。
「……はい」
ユウヒが身体を起こして寝台の上に正座をした。
思わず噴出しそうになる自分を抑えながら、サクはユウヒに向かって言った。
「あと半刻ほどで朝議の時間だ。俺がどうにか繋いでおくから、お前は急いで準備をしろ」
朝議という言葉にユウヒの背筋がピンと伸びる。
それを見てサクは内心ほくそ笑んだ。
「いや、伝えなくちゃならない事がある。朝議には頭っから出るよ」
そう言って寝台から降りて、まるで何事も無かったかのように慌しく準備を始める。
そんなユウヒの後をヒヅルがバタバタと追って手伝いを始めた。
サクは部屋の出口の方へとゆっくり移動しながら言った。
「扉の前で待つ。すぐに準備して出てこい」
「わかった」
視線も合わさずにそう言ったユウヒに、サクはふと足を止めて声をかけた。
「……少しは眠れたのか?」
その言葉にユウヒの動きがぴたりと止まる。
それについていけなったヒヅルが、やや前のめりになって動きを止めた。
「うん。見ての通り。大丈夫だよ、サクヤ」
「そうか。ならいいよ。準備急いで」
「ごめん。急ぐよ」
サクは安心したように頷き、部屋を出た。
扉が閉まるのと同時にユウヒは大慌てで着替え始めた。
「ヒヅルごめん。ずっと起こしててくれたんだよねぇ?」
「そんな……気になさらないで下さい。それより、大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫。ありがとヒヅル」
お礼の言葉にヒヅルが嬉しそうに顔を手に染める。
だがその一瞬後には未だ身体が目覚めきらないユウヒを叱咤して、朝の準備はいつも以上に騒々しく進んだのだった。