「どうかした?」
ユウヒがシュウの視線を追って下をのぞき込み、サクはたまらず二人から目を逸らす。
「ほら、あそこ。あれ、スマルじゃないのか?」
シュウの指し示す先に動く人影は、確かにスマルのように見えた。
「あら、ホントだ。あいつ何やってんだろう?」
そう言ってその人影をずっと目で追っていると、背後からサクがユウヒに言った。
「行かなくてもいいのか、ユウヒ。あいつ、たぶんこれからルゥーンに出発するつもりだぞ?」
「え? こんな時間にいきなり? 私らには何も言わずに?」
それにはシュウとサクが思わず溜息を吐いた。
「まぁわからんでもないがな」
シュウの言葉にサクが続ける。
「実は黙っとけみたいに言われたんだけどね、俺。でもさすがにそれはなぁって……」
「黙っとけって……私に?」
「そうだよ」
「何それ……信じらんない」
ユウヒはそう言って大きく伸びをして、眼下を睨むようにして二人に言った。
「私、ちょっと行ってくるわ」
「あぁ。行ってこい行ってこい」
「うん」
「あ、待ってユウヒ。スマルに伝言」
露台に足をかけたユウヒの腕をサクが掴んで引き止めた。
「伝言? 何?」
ユウヒが振り返る。
サクは努めて下を見ないようにしてユウヒに言った。
「うん……その、なんだ。スマルにさ、『わかった』って、そう言っておいてもらえるかな」
「それだけいいの? 全然意味がわかんないんだけど」
呆れたようにユウヒが言い、シュウもそれに同意するように頷いて訝しげにサクを見る。
サクは本当に困った様子で言葉を探していたが、それもどうやらすぐに諦めてまた同じ言葉を繰り返した。
「い、意味わかんなくても! その、ユウヒは意味わかんなくてもいいから『わかった』って。それでたぶん通じるから」
「……通じなかったら?」
ユウヒが困ったような表情でそう言うと、サクはユウヒの腕を離してしきりに髪の毛をいじりながら視線を逸らし、そしてやっとまた口を開いた。
「通じなかったら……じゃぁ『大丈夫だから安心して行ってこい』って。たぶんそれで絶対通じる」
「通じるの?」
「たぶん……通じる。はず……と、思う」
「え〜? 何だかなぁ」
そう言ってユウヒは溜息を吐いたが、それでもサクを見て頷いた。
「わかった。サクヤがそう言ってたって言っとく」
「あぁ、頼む」
そうサクが言い終わると当時に、ユウヒはその僕の名前を口にした。
「朱雀! いる?」
即位から城内が落ち着かないこの時期まで、四神達は其々の州には戻らずまだユウヒと行動を共にしていた。
『お呼びですか、蒼月』
「うん。スマルのところに行きたいの」
『それでしたら私よりも彼に……』
その言葉と同時にユウヒのすぐ横の暗がりぼんやりと明るくなり、光が消えるのと共に金色の髪の男が姿を現した。
「なんだ? 呼んだか?」
「あれ、黄!?」
ユウヒが戸惑ったようにそう言うと、黄、黄龍は不服そうに顔を歪めた。
「呼び出しておいてなんだ、それは」
『スマルのところに運んで欲しいのだそうですよ、黄龍』
脳内で朱雀の声が響く。
未だ戸惑いの表情のユウヒに、シュウとサクが不思議そうに顔を見合わせる。
黄龍はめんどくさそうに溜息を吐いて、だが少し愉快そうな笑みを口許に浮かべると、ユウヒをひょいと肩に担ぎ上げた。
「ちょ……ちょっと! 何これ、荷物? 私は荷物扱いなの!?」
「うるさい、女。俺では役立たずみたいな顔しやがって」
これにはシュウとサクも思わず声をあげて笑い出した。
「楽しようとするからだぜ、ユウヒ!」
「でも大切に扱って下さいよ、黄龍殿。一応この国の王なんですから」
「一応って何!!」
ユウヒの憤慨もよそに、黄龍は二人の言葉を知るかっと吐き捨てるように言って、そのまま露台から飛び降りた。
落下しながらもまだ声を上げて文句を言い続けるユウヒに、露台に残った二人はその様子を眺めながらまた声を上げて笑った。