8のツボ 旅人たち2
旅する冒険ライダー 坪井伸吾のページです

 

 

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これがポルトガルギター  ”マリオネット”のHPへ→

8月、自転車世界一周のルーマニア人が、いきなり下宿にやってきた。9月、ケニヤで一緒に走ったバイク乗りのカップルが、4年かけて60カ国を走り帰国し、カリーナでアフリカを走っている旅行者から「なんとかサハラを越えた」と手紙が届いた。10月、グリーンランド単独徒歩縦断を目指している知人から「犬ソリ訓練のためカナダに飛ぶ」とハガキが来た。11月、パキスタンの水産工場を経営している友達から「新市場をアフリカに開拓したいので情報を教えて」と国際TELがかかる。彼らはみんな旅で知り合った異常なまでに元気な人達だ。そんな数多くの出会いの中でも忘れられない人達との話を先月に続いてまた聞いてやってください。


4年前、南米から帰ってきて日本になじめずにいたある日、下宿で居眠りしていた僕は久しぶりに何の抵抗もなしにいきなり記憶の深い部分にまでまっすぐに届いてくるようなメロディーを聴いた。「なんだろ、これ。聴いたことないのに懐かしい」そう思って目を開けると『沢の鶴』のコマーシャルが流れていた。そして最後に画面の片隅に「ポルトガルギター・Y」というテロップが出た。ポルトガルギターのY!瞬間、目が点になった。YってあのYさんだよな。ポルトガルギターなんてできる人そんなにいるわけないし。すげー!僕のこと憶えてるかな。そうか、あれからもう6年もたったのか。

10年前、アテネでほとんど文無しになった僕は、さらにバイクまで盗まれ、どん底の状態だった。かろうじて日本までの航空券をかえたものの飛行機が出る日まで町の質屋で荷物を売ってしのがねばならなかった。そして、数日後にやっと来たモスクワ経由東京行きの飛行機に乗りあわせたのがポルトガルにギターの修行に行った帰りの無名の頃のYさんだった。成田から東京に行く金すらなかった僕にYさんは初対面にもかかわらず5000エン貸してくれた。その金で東京に出た僕は日雇い人夫になって稼ぎ、京都に帰ってきたのだ。

久しぶりなので恐るおそるTELした僕だがYさんはちゃんと憶えててくれ、そしてコンサートに招待までしてくれた。そこでもっと驚いたのはYさんの相棒は僕の大学のクラブの先輩だったのだ。すごく不思議で、そして楽しい出会いだった。

でも出会いはいつも楽しいとは限らない。去年の秋のことだった。梅田(大阪)の紀伊国屋書店で何気なく本を探していた僕の目に一冊の本が飛び込んできた。「おー、なんだこれWALKMANの本やん」思わず声が出てしまった。

WALKMANは僕が南米を走っていたころ 、北中南米を歩いて旅していた旅行者で、みんなから『歩く人、WALKMAN』と呼ばれていた。棚の高いところにあった本を背伸びして取るとそこに懐かしい顔があった。しかし本のタスキに目をやった時、僕は思わずその本を落としてしまいそうになった。そこには享年26歳となっていたのだ。『何これ!享年ってなんだよ!』

何かの間違いじゃないかと思い、もう一度見てもその字はしっかりとそこにあった。そんな!いったいなぜだ、と思いもう一度見ると、帰国後工事現場で労働中の不慮の事故となっている。あの絶対妥協を許さなかった鉄の精神力を持つ男の最期がこれなのか?僕はとりあえず本を買うと駅のホームで続きを見た。本は彼の死後、お父さんが日記をまとめたもので、おそらくほとんど手を加えていないのだろう、人物の名前もそのまま固有名詞で出てくる。Iさん、Tさん、知っている人達ばかりだ。読んでいるうちに懐かしさとやりきれなさに涙が出てきた。

梅田駅の人があふれるホームで何やってんだ。カッコ悪いと思ってもどうしようもなく泣けてくる。そういえばアイツは僕のことも日記に書いていたのだろうかと、彼と会ったチリの辺りについて書いているページを探すと、あった。「昼ごろ突然バイクが目の前で止まり、人が降りてこっちに近づいてくる。メットを取ると坪井君だった。彼と会ってまた元気がでた」となっている。

そういえばこの時は僕も同じ気持ちだった。バイクのトラブルに1ヶ月も足止めされ、金がないから野宿、そして毎日寒いうえに雨ばかり降っていた。それでも彼が1ヶ月かけて歩いた距離を僕は2日で来たのだ。雨の中をただひたすら歩く彼に比べればなんと楽なことか!この日もし彼と夕方会ったら一緒に道端で野宿しようと思っていたのに。また、お互いの次の目標にしていたアフリカで会ったら南米の昔話でもしようと思っていたのに。すべては永遠に果たされないままになってしまった。

僕のなかで彼は今でも歩いている。多分これからも思い出すときは歩きつづけているだろう。そして、同じころ南米で彼と時間を共有した旅行者たちの中でも彼はきっと永遠にWALKMANとして歩き続けるにちがいない。

The Gakushin 1998年1月号
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Walkmanこと池田拓さんの本「南北アメリカ徒歩縦横断日記」

 

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