7のツボ 旅人たち 1
旅する冒険ライダー 坪井伸吾のページです

 

 

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ある日の午後、アフリカのマラウイ湖の湖畔を歩いていると上下ジーンズにパーマの長髪でギターを背負った物凄いセンスの東洋人が洗濯していた。何か日本人っぽい気がしたけどあんまり関わりたくなかったので目を伏せて通り過ぎようとしたら、その人は急に顔上げ『こんにちは、坪井さんでしょ知ってますよ、私の事覚えてませんか?』と言った。


ゲッと思って良く見るとトンボメガネの下の顔にはどこか見覚えがある。記憶を辿っていくと5年前にチリでマージャンしたのを思いだした。彼の話によると当時、南米にいた連中の何人かは今アフリカに来ているという。それで名前を聞いてみたら、いずれも、ああやっぱりな!という人ばかり、しかもその中に昔一緒にアマゾンイカダ下りを計画したヤツまでいた。

ナイロビの安宿に彼がいるというので急いで走っていってみると、いかにもインドあたりから流れてきたような旅行者が『あなたが坪井さんですね』と言って彼の書き置きを渡してくれた。それには『やはりアフリカに現れましたね坪井さん、そろそろ来ると思ってましたよ。残念ながら私は資金切れなのでちょいとN.Yに出稼ぎに出ます。また、どこかで』と書かれてあった。

こんなふうに長期旅行者同志の出会いや別れはある日、唐突にやって来る。それでもおもしろいもので今こうして部屋でワープロ打っていても、僕の耳には旅仲間から誰は今どこの国にいるという情報が次々入ってくるし、世界各国から届く絵葉書でなまの声を聞くこともできる。そしてそれらを見聞きする度、この不思議に満ちたディープな旅行者達の話をもっとしてみたくなるのだ。

世界には通称『たまり場』と呼ばれる旅行者の墓場みたいな宿がけっこうある。そこに行くと何ケ月、へたすると何年という単位で居座っている人達がいる。僕も始めてブラジルでたまり場に足を踏み入れた時は『一体この人達は何をしているのか?』と不思議でしかたなかった。見れば見るほど彼等は本当に何もしていない。ためしに8ケ月いるという人に『毎日何してるの?』と聞くと『洗濯してるんですよ』という禅問答みたいな答が帰ってきた。

ところが彼等を観察していたつもりだった自分もある日、来たばかりの旅行者に『あのー、一体毎日何やってんですか?』と言われるようになっていた。おもしろい事に彼等の中に同化すると時間の流れが変わってしまい、まるで仕事に追われるように名所めぐりしている人達がかわいそうに思えてくる。ここに至って僕はあらためて旅って何だろう?と考えざるえなくなった。

海外にいながら日本の時間感覚に縛られていてはここに居る意味がないんじゃないか?そう感じた僕は現地の感覚を肌で知りたくなり農場に住込みで働いてみることにした。しかしそこにはさらに驚くべき元旅行者の姿があった。農場の生活が気にいり居座っていた彼等は、農場の女性と結婚してそこの一員になったというのだ。思わず、人生いろいろ〜と歌いたくなってくるような人達だった。

農場での生活は一週間の予定が一ケ月になるくらい楽しかった、でも住みたいとまでは思えなかった。そして僕はまた、たまり場に帰って来た。その日、宿へと続く見慣れた懐かしい坂道を歩いていると道端で顔見知りの旅行者が一目で娼婦と分かる混血の女の子とボールペンを売っていた。『何やってんですか?』思わず僕がびっくりして尋ねると『よ、久し振りー、これ彼女とパラグアイで仕入れてきたペン、なかなかいいだろ。国境辺りじゃよく売れたんだけど、この町じゃいまいちやね』『そう・・・、で、この娘は?』『ああ、彼女、嫁さん。結婚したんだ』『マジ!!そうかー、とりあえずおめでとう。これでアンタも永住ですか』『まーね、坪井さんも結婚したらどう、アンタも日本より絶対この国の方がむいてるよ』

最初は、こいつ正気かと思ったものの彼の曇りのない顔を見てるとなんだか人種や職業の偏見に捕らわれない彼の大きさが羨ましくなってきた。たぶん彼はあの退廃の極みのような旅行者の墓場の中で自分の内面への旅を続けていたんだろう。そして彼女に会ったことでこの国で住もうという結論を出したのか。そういえば今日の彼の表情からは以前みたいな影が消えてるみたいだった。

彼は居心地のいい墓場から出て自分の居場所をみつけた、だけどバイクを売っちゃった僕は何をしたらいいんだろう?まーいいかそのうち動きたくなるだろ、何もしたくないのは休んどけっていうことやろ。

そんな事を考えながら坂を上がりたまり場のドアを開けるといきなり全身入れ墨の男が立っていた。しかし、よくまあ、これだけ次から次へとマンガみたいなヤツが現れるもんだ、まったくもうこのドアは4次元への入り口かい!

 

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