34のツボ 車検

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『このXJ、もうすぐ車検切れだから安くしとくよ』。セパハン、バックステップに集合管。Mの持ってきたバイクは明らかに走り屋のバイクだった。このバイクをオーストラリア一周に使うのは、どう考えても無理がある。分かってはいるのだが、それ以上にそのXJはカッコ良かった。軽くその辺を流してみる。見掛けよりUPDOWNの激しいシドニーも750のパワーなら楽々クリアーするし、コンパクトな車体も使いやすい。そしてなにより魅力的なのは10万円という値段だ。しばらくバイクに乗ってなかった禁断症状も手伝って、僕はその場であっさりXJを買ってしまった。   

それから1か月後、XJもぼちぼち車検切れなので陸運事務所に持っていくと係官にこのバイクは車検を通せないと言われた。『へっ?なぜ?』驚いて理由を聞くと、1、このバイクは日本から持ち込まれている。2、違法な改造をしている。3、エンジンナンバーがない。そんなバカな!あまりにも突然すぎて、なにがなんだか分からない。        

『どうして一目でこのXJが日本製だと分かるんだ?』そう尋ねてみると『XJはこの国では650か850の排気量しかない』という明解な返事が来た。なるほど、そうだったのか。『じゃ車検が切れたら、どうなるんだ?』『そりゃ、廃車だろう』『通す方法はないのか?』『ないこともないが、そんなことしたら新車を買うより高くつくぞ』『その方法って何だ?』『XJのすべての性能について厳密な検査をして、この国にない新しい基準を作るんだ。でもその検査は、一箇所につき10万円ぐらいはかかると思うよ』 

なんだ、それは!これじゃどうしようもないじゃないか。そういやMはこのバイクを他の日本人から買ったと言っていた。その人はどうやって車検を通したんだ? そこでMの家に電話してみると、Mは僕にバイクを売った日の夕方に日本に帰っていた。くそー!やられた。Mのヤツは車検を通せないのを知った上で売るタイミングを計っていたんだ。 ガックリしながらバイト先でその話をすると『あの野郎、薬にはまって金に困っているとは聞いてたけど、そんなことしたのか』とMをよく知っている同僚が言った。もう騙されたことは仕方ないが、相手が日本人というのはなんとも嫌な気分だ。  

 何か手はないのか?バイク屋、ライダー、民間車検場、考えられるところにはすべて調べてみた。しかしどこでも結果は同じだった。このまま廃車にするしか手はないのか?下宿の前で憂鬱な顔をしてると隣のおじさんが来て『何、車検が切れる。それじゃ保険がかけられないじゃないか。酔っ払い運転はいいが、無保険はマズい。もし、事故したら、お前は終りだ』とさらに鬱になるような事を言った。                  

 ちっ、分かったよ。もう正攻法は止めだ。こうなりゃ意地でも通してやるよ。悪友を通じて裏情報を探るとシドニーのあるNSW州は法律が厳しいけど、いい加減な州もあるという話が出てきた、さっそく隣の州まで高速をぶっ飛ばす。州都キャンベラの車検場ではXJは改造車とも日本車とも言われなかった。これはいけるんじゃないか?気付くなよ、このまま何も気付かずに終わっちゃえ!そう祈ったが、いくらなんでもエンジンナンバーまではごまかせない。再び失格だ。 

もうお手上げなのか?いや、まだ諦めるのは早い。この町にも裏があるはずだ。無理を承知で聞き込み開始。そして何件目かのバイク屋でついにその糸口を掴んだ。『エンジンナンバー、そんなもの俺が打ってやるよ』そういうとバイク屋は工具箱からアルファベットの文字のついた金属のハンコを取り出し、金槌でエンジンに適当な文字を打ち付け始めた。『ちょっと待てよ、アンタ。それがバレたら共犯だぞ』『心配すんな』もうこうなったら勝負だ。2時間前に行った車検場にもう一度行くと、担当の係官はさっきと同じ人ではないか。あちゃー!まずい。バレる。バレたらどうなる?。極度の緊張に天井がぐにゃりとゆがんで見えた。         

『はい、いいよ』『えっ?』『OKだよ。英語分かる?』『はい』くくくっ!通ったよ。急いでバイク屋に礼を言いに行くと『そうだろ』とおじさんは得意そうに笑った。

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