31のツボ  悪路を行く2

[HOME]  [海外ツーリングのツホ・インデクス]
[前のツボへ] [後のツボへ]

ボリビアの首都ラパスはアンデス山脈のほぼ中央に位置する世界一高所の首都だ。すり鉢状になっている町の一番低い所で三八〇〇M。高いところでは四〇〇〇Mは間違いなく越えている。いきなり飛行機でこの町に降りればほとんどの人はそれだけで高山病になってしまうほどの高さなのだ。この町からアンデス山脈を越えてチリに入国し太平洋に面したアリカという町に抜けるルートは、僕が今まで走ってきた中でももっともキツかったルートのひとつだった。   

空気が薄いと人間だけでなくバイクも高山病になる。ラパスを離れて標高を上げていくにつれNX六五〇もどんどんパワーが落ちてきた。この悪路を走るには本当はもうそれだけでもしんどいのにこの時は不思議なほどいくつもの問題が重なっていた。まずバイクのリヤサスがボリビアでは修理が出来ず、中古の二五〇CC用のリヤサスに交換したために、その負担を和らげる走りが必要だったこと(実際この代用サスはわずか三〇〇Kほどのアンデス越えで再び廃品となった)。それと今が雨季のど真ん中であることだ。      

 ダートを走り出してしばらくすると予想通り小さな水溜まりが現れ始め、やがてそれは道いっぱいに広がり、最後には道そのものが泥沼になっていた。ここを通過するトレーラが何度も泥沼をえぐるせいか水溜まりは思ったよりも遥かに深く、しかもよくすべるのだ。ここでコケたりしたら泥まみれだけでは済みそうもなく、ヘタすればエンジンに水が入って止まるかもしれない。そこで危なそうな水溜まりが出てくると一度バイクを止めて自分の足で深さを計る。こんなことしてたらなかなか前に進まないのだが、他に方法が思い付かないのだからどうしようもない。 

どれくらい同じ動作を繰り返しただろうか、目の前にあった小高い丘を越えると急に視界が広げ足元には一〇〇Mぐらいの幅の川が流れていた。『終わった』そう思った。しばらくボーゼンとそこで硬直していたのだが、そのうち河原に三台のトレーラーがいることに気付いた。坂を降りて近付くと泥に埋もれた三台の運ちゃん達はピッケルやスコップでタイヤの前に道を作っていた。それはもう悲惨を通り越えて笑うしかないような壮絶な図だったのだが、本人達は昔からこうやって雨季アンデスを越えてきたのか何の悲壮感もなかった。 

挨拶すると、そのうちの一人が『ここなら通れるぞ』と泥の堅い場所を教えてくれる。かなりヤバそうではあるが、これは行くしかない。河原でバイクから荷物を下ろしてまず自分で荷物を担いで川を渡る。一歩足を水に付けて驚いた。鬼のように冷たい雪解け水だ。それを三回繰り返すと荷物を運ぶだけで息が苦しくて倒れそうになる。この辺の標高は四五〇〇ぐらいだろうか?。ここでコケたら本当にヤバいかもしれない。  そしていよいよ一気に勝負だ。 

パワーの出ないバイクで川に突っ込む。泥は思ったよりしまっていてすぐに対岸の手前まで来た。よし!いけるとアクセルをふかした時に急に水位が上がった。深みに落ちたのだ。タンクの下まで水につかり後でボコボコ音がする。マフラーも水没していた。ヤバい!さらにアクセルを開けると何かにタイヤがかんだような感触がありバイクは深みから脱出し、その勢いで一気に対岸の段差を乗り越えた。  

ブウーンと唸るエンジンを止めヘナヘナとその場に座り込むと、二〇Mほど先の草っ原に民族衣装を来たインディオのおばあさんが黒い犬と座っているのが見えた。どうもおばあさんはここで羊肉の鍋を作りながら、僕のように川と格闘して疲れ果てる客を待っていたらしい。疲労と酸欠の頭には目に写るすべてが幻のようで現実感を喪失していたが、それでもそれは不思議な光景だった。 

僕も腹が減ったので小汚ない皿に肉をよそってもらう。かぶりついた肉はなんともいえずウマい。『おばあさんどっから来たの?』『あっちだよ』しかし指差す方角にはただただ平原が広がり、その先にはアンデスの山並みが続いているだけだ。ぼんやりしていると髪に付いた泥がボタリと皿に落ちた。

 

This Homepage is maintained by Keiko Tsuboikeiko@a.email.ne.jp
©坪井伸吾 このサイトに置かれているすべてのテキスト、画像の無断転載を禁じます