30のツボ 悪路を行く1

[HOME]  [海外ツーリングのツホ・インデクス]
[前のツボへ] [後のツボへ]

キリマンジャロの麓にあるマサイ族のいる荒れ地、マサイステップ。ミシュランの地図でみても点線があるだけの場所で情報も何もない。でも地図はなぜかここは面白いぞと言っていた。海外にいると僕の予感は結構当たるのだ。舗装路を外れて走り始めるとすぐに真っ赤なマントをひるがえしたマサイのライダーと出会う。そら、もういきなり当たりだ。自分の持っていたマサイのイメージが壊されていく。これが僕には楽しい。

 小さな村を通過すると道らしきものは三つに別れていた。当然標識なんてない。木陰にマサイがいたので道を聞いたら左だと教えてくれる。そのまま走って行くとやがて斜面の途中で道は消えていた。振り返ると道だと思っていたものは何もなく、ただの小山の斜面の中腹にバイクは止まっている。やってしまった!。ジワーと汗が出てくる。

 こんな時は焦って動いてはいけない。時計を見ると昼になっていたので、取り敢えずパンを水で喉に流し込む。手持ちの食料、水、ガソリンから考えると野宿になると苦しい。そう考えながら歩き回ってると裸足の足跡を見つけた。これがどこに続いているのかは分からないがその先には人がいるはず・・だ。勝手な推測をもとに勘だけを頼りに進むと不良に絡まれるようなゾクゾク感と何かに挑戦しているザワザワ感が背中に走る。

 やがて足跡は民家の裏に出て、その向こうには広い道が走っていた。道ばたの土の小山を乗り越えてその道に入る。助かった!ふわーと筋肉の緊張がとけて動けなくなる。ハプニングからの脱出。この一瞬、じわーと脳内麻薬が出ているような快感だ。これも道なき道を行く者のみが味わえる特権だ。

 そこから少し行くと道は岩山を抜ける山道となり、次に畑のあぜ道となり、さらに起伏のある平原に出た。いずれの道も僕の技術では時速30キロぐらいが限界だ。道は一本しかないのだから間違えようがないのだが本当にこれでいいのか?不安になってきた頃に右斜め後方にただならぬ気配を感じた。振り返ると何か巨大な生き物の群れが砂煙をあげて突っ込んでくる。

うっ!と唸った瞬間、夜道で突然車のライトをあびた猫のようにかなしばりになった。 群れは僕に気付いたのか直前で微妙に角度を変えた。目の前20メートルぐらいを足だけが通過していく。キリンだった。地球上にそんな生き物はキリンしかいない事ぐらい知っているのに、唐突に現れられると思考がついていけない。

硬直している僕の脇をさらにシマウマやヌーの大群が猛烈な勢いで走りぬけていく。シマウマやヌーと比べるとキリンの走る姿はなんとも不気味だ。動きはもの凄くスローなのに手足が長いので相当速い。 僕がすぐにキリンと分からなかったのはその見た事もない動きのせいかもしれない。やっと考える余裕が出来た時にキリンの群れだけは走るのを止めて、こちらを見た。全部で12匹だった。今すぐ、この話を誰かにしたい!。僕はひとりで興奮していた。残念ながらここにはアフリカ人しかいない。マサイに話しても多分『ふーん?』で話は終りだろう。

 平原を過ぎると灌木が生い茂る半砂漠地帯に出た。タイヤを砂にとられて苦しんでいるうちに、ここでまた道に迷った。もうすぐ日が暮れる。どこで野宿したらいいのだろう?場所を決められないままジタバタしてると運よく小さな村を見つけた。不思議な事に村の入り口には大きなテントが二つある。挨拶すると彼等はドイツ人のハンティングサファリの現地ガイドだと名乗った。驚いた事にヘミングウェイの世界はまだ実在していた。 

 ここでテントを張ろうと村の長老達に挨拶すると、すぐにアンチロープの干し肉と地酒が用意され、名もない村での宴会が始まる。彼等の話ではブッシュなんかで寝るのはライオンの餌になるようなものらしい。先ほどあれだけの野生動物を見たばかりなのに、そう言われてもどうもピンとこない。でもここに来て良かった。悪路の先にこそ面白さは待っているのだ

This Homepage is maintained by Keiko Tsuboikeiko@a.email.ne.jp
©坪井伸吾 このサイトに置かれているすべてのテキスト、画像の無断転載を禁じます