28のツボ 北限を目指して2

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『ここから先は軍の管轄だ。残念だが許可のない一般車両は通すわけにはいかない』アラスカで唯一の北極海に抜けるダート、ダルトンハイウェイの検問の門番は表情も変えずにそう言い放った。

なるほど遠くに見える雪の斜面には兵舎らしき建物が見えていた。 実はここに軍の検問がある事は事前に日本人ライダーから聞いていた。一か月前、僕と同じように門番に拒否された彼は夜の間にこの検問を強引に突破したという。北極海まで300キロ。確かにここまで来たら、どんな手を使ってでも海まで行きたい。その気持ちは良く分かる。しかし本当にそんな方法でしか、この検問を越えられないのだろうか?

今まで北極海まで行った旅人達はみんなその手で行ったのだろうか?そんな事はないだろう。 きっとこの氷のように無表情な軍人が彼等を見逃してきたに違いない。僕はもう一度『通してくれ』と言った。答は同じだった。もう一度言った。今度は『僕はこの後、南米の端まで走る。だから北の端も行ける所まで行かないと納得できないんだ。頼むから通してくれ』と付け加えた。彼はふぅ!と大きく溜め息をつくと『まぁ入れ』と管理小屋の戸を開けた。

 『2か月前に日本人の女の子と白人の自転車のカップルが来た。彼等は君の知り合いか?』『いや知らないけど』『似たような事言ってたよ』また困ったバカが来たか!彼はそう言いたげだった。『あのな、この先はもうすでに40センチぐらいの雪がある。輸送トラックでも苦労しているのに、そのバイクじゃ無理だ』『そんな事は分かってる。ダメだとしてもダメな所まで行かせてくれと言ってるんだ』言ってる事が無茶苦茶だ。自分でも分かっていた。そこで彼はまた大きな溜め息を付くと『それじゃ、こうしよう。君はこの検問がある事に気付かなかった。俺は君がここを通ったのを知らなかった。どうだ?』

文句があるはずなかった。それにしても、なんて渋いセリフだ!。もしこの先で僕が事故ったら、この人は何らかの責任が問われるかもしれない。それでも今までもこの人はこうして旅行者を見逃してきたんだろう。 オーストラリアやヨーロッパでも何度かこういう場面はあった。彼等は最終的には個人の責任として意思を尊重してくれるのだ。『でもな、この先は本当に雪が深いんだ。無理はするなよ。ダメなら帰ってこい。熱いコ−ヒ−入れてやるよ』の見送りの言葉を受け、僕は検問を後にした。

検問から1キロほど進むと坂はアイスバーンになっていた。アクセルを開けるとリアタイヤが流れる。残念だけど僕の技術ではここが限界だ。悔しいのは事実だけど検問で終わるのとアイスバーンで終わるのは全く意味も納得度も違う。彼にお礼を言うために検問所まで引き返すと『無理しないでくれて、ありがとうよ』と彼はすぐにコーヒーを入れてくれた。

 『君は大学で何を勉強してたんだ?』勉強なんてしてなかったけど社会学だと答えると彼は急に嬉しそうに引き出しから本を出し『そうか、この内容を教えてくれ』と言った。それは心理学の本だった。僕の英語力なんてこの程度なのだ。なんか訂正するのも照れくさいので本をパラパラと見て『なるほどねぇ、でもこれは時間がないと説明できないやゴメン』としらじらしいハッタリをかますと彼は『そうか』と初めて笑った。

その時、窓の外に車が止まり、挨拶だけして北上していった。 『あれはトナカイを撃ちに来ているハンタ−だ』と彼が言う。『今度、車が来たらヒッチしてもいいかい』と聞くと『ああ、いいよ。でも昨日ここを通った車は9台だけだ。ここよりトラックの立ち寄るCOLD FOOTに行きな』と彼は答えた。アドバイスに従い僕は山道を再び引き返した。バックミラーに移る検問はすぐに見えなくなったけど、その向こうにそびえるブルックス山脈はいつまでも輝いていた。

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