27のツボ 北限を目指して1

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『北極圏あたりまで行くと森林限界で木がなくなって、ブルックス山脈を越えたら後は地平線までの草原やね。そして最後は北極海の石油基地のプルドーベイに出る。でも途中から軍の管轄下に入るから、検問を突破しないと行けないよ』アラスカで会った日本人ライダーはあっさりそう言った。

えー北極海まで行けんの!その一言で急遽僕は北を目指すことにした。季節は9月、もういつ雪が来てもおかしくない頃だった。プルドーベイに抜けるダルトンハイウェイは原油輸送トラック用のダートだ。その道沿いにはLIVING、GOOD。COLD,FOOT。そして北極海手前のDEAD、HORSEという名前のこの道の歴史を物語るようなムード満点の村がある。

しかし実際のLIVING、GOODに行ってみると名前とは裏腹に人の気配はなく、エスキモー犬しかいなかった。ガーン!やべぇ!次の村までガソが持つか?次の村にもなかったら?でももう町まで引き返すだけのガソリンもないなら進むしかない。泣きたい気分で無人の道を進んでいくと幸運にもユーコン川のほとりにガソスタがあった。入れてみるとタンクの残量は1リッターしかない。アブねー!さすがは北限へと続く道だ!出だしから驚かしてくれる。

ホッとしながら隣にあったレストランのドアを開けると熊みたいな男達がいっせいにこっちを見た。『ヘイ、ボーイどこから来たんだ?』まるで西部劇に出てくる酒場のドアを開けてしまったみたいだ。彼等の情報では、この先にはやはりもう雪が来ているらしい。それを聞くとなぜだか余計行けるところまで行きたくなった。翌日、北極圏の看板が道端に現れた。それはあまりにもあっけなくて、もう少しで見落としそうな物だった。

珍しく晴れたその日は気温が15度くらいまで上がっていたので、ここが北極圏だなんてなんだか嘘のようだ。気持ち良く走ってると目前に雪を抱いた山並が見えてきた。ついにブルックス山脈が現れたのだ。光を浴びた山々はスイスアルプスより美しく、思わぬ拾い物した気分になる。午後9時、脇道にそれてパイプラインの下にテントを張る。白夜の季節はとうに過ぎたが今でも午後10時までは明るい。その夜は満月だった。

この辺りでは周囲100キロ以内に人間はいないだろう。でも熊は確実にいる。匂う食器を遥か彼方に置きながら二日前に見たグリズリーの美しい背中を思い出す。寒くなってきた。日没とともにテントの中も氷点下だ。小便がしたくなったので外に出ると正面の山から三本の煙が上がっていた。なんだー?煙?良く見るとそれは薄い黄色をしてゆらゆらと揺れている。

こ、これは!まさかオーロラか!ドキドキしながら見ていると大きく揺らいだ煙がふっと消え、そこから少し離れた場所に突如、テレビで見たような黄緑色のカーテンが現れた。出た!本物だ!デカい!続いて揺れるカーテンの端に沿って青白い光が走る。すると巨大なカーテンが緑色の光の固まりになる。その動きは想像を越え、それを言葉に置き換える事など不可能だ。無いはずの音が聞こえる。というより、音が目に見えるようだ。なぜこれだけのエネルギーに音がないのだ?

動けなかった。寒さとは別の震えが体を覆う。頭上での光のショーはやがて北の空すべてをキャンパスに広がり延々と踊り狂った。釘付けにされた僕は時間が分からなくなりショーが終わる頃には体は芯から冷えきっていた。テントに戻ると今の出来事を一人で見た事がすごく勿体ない気がした。頭上でパイプラインの中を通る原油がゴボッと不気味な音を立て、静まり返った世界にその音だけが響く。ふと我に帰るとむっちゃ寒い。単なるツーリング用の装備ではアラスカの秋はきついようだ。

深夜2時、テントの中はマイナス6度。氷がテントの中まで侵入してカバンを伝って近付いて来る。徐々に寝袋がパリパリしてきて毛糸の帽子には氷の固まりが出来てきた。やべー!それでも僕は寝たらしい。やがて朝の光が氷を溶かし、また北極圏での一日は始まった。

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