24のツボ オーバーザトラブル1
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NX650炎上

15年もバイクに乗ってると、さすがにいろんなトラブルがある。その中でも忘れられないのがチリで起こった事件だった。

91年4月24日朝、起きると抜けるような秋空だった。この季節、南半球は確実に冬に向かいつつあるようだ。テントをたたんで河原からパンアメリカンハイウェイへ勢いよくかけ上がる。サンチャゴで修理に一か月もかけただけあり、NX650はかなり上機嫌だ。澄んだ空気の中を60マイル(96キロ)ぐらいで気持ち良く走っていると、10時頃ふいに何かドサッという音がした。何気なくバックミラーを見ると、後部のカバンから煙が上がっている。

あわててバイクを路肩に止めると、今までくすぶっていた火が一気に発火した。一瞬どうしたらいいか分からず踊ってしまったが、すぐ我にかえり燃えているカバンを道端の草むらに放り投げ、グローブでマフラーから出ている火をたたき消す。対応が早かったせいか、シートとタイヤは少し焦げたものの、バイクはなんとか無事だった。

ホッとすると、放り投げたカバンの事を思い出した。見ると振り分けバックはもう完全に炎に包まれ、とても近付ける状態ではない。だけど隣のショルダーバックなら、まだ助けられそうだ。ダッシュで駆け寄った僕は、カバンを全力で草の上をころがし消火した。

しかし・・、振り分けバックが燃えていく・・・、もうどうすることもできない。ボーゼンと立ちつくしていると、誰か肩をたたくものがいる。振り返ると、人の良さそうなオジサンが、焼けたテントを持って立っていた。どうやら一番最初にカバンが焼けた時に、穴が開いて落ちたらしい。ニヤっと笑ったオジサンは『お前、どっから来た。バイクはいいな』などと間の抜けたことを言うので、思わず『うるさい!』と怒鳴ってしまった。

オジサンを無視してカバンを見てると、そのうち炎は弱まり、黒い煙だけが上がりだす。もう仕方ない。少し落ち着いて周囲を見ると、道路には焼けた小物が散乱し、その向こうをさっきのオジサンが歩いていた。せっかくテントを持ってきてくれたのに、悪い事をしたものだ。

オジサンが去ると急に静かになる。すると、なんだか笑えてきた。もう、これは笑うしかないだろう。さて重要なのはこれからどうするかだ。とりあえず道に落ちてる使えそうな物を、焼けて半分になったカバンに突っ込み、それををその場で釣糸で縫い直してから、サンチャゴに帰った。あれだけ先に進みたかったのに、日本人宿に帰ってくるとホッとした。きっと誰かに現状を聞いて欲しかったんだろう。

話してると誰かが『これ旅行保険で回収できるんじゃないか』と言った。しかしこれって盗難じゃないし、物損?保険て、こんな理由でも出るのだろうか?・・・。ご存じかもしれないが旅行保険を海外で受け取るには、まず現地警察の証明書がいる。逆に言えば警察の証明さえ出れば保険は出る。要するに警察に『ウン』と言わせたらいい訳なんだけど、さてこの事態をどう説明しようか?もう失った物を買うだけのお金はないし、こんな旅の終り方ではバイクに失礼だ。

よっしゃ、いっちょう勝負だ!。別に悪い事をしている分けじゃないのに警察署に行くのはどうも嫌だ。最初から悪い印象を与えたら損なのでなるべくいい服を選んだが、所詮はバックパッカー、汚いのはしょうがない。案の定、警察に行くと僕が汚いのか、アジアの人間が珍しいのか強烈な視線を感じる。『どうかしましたか?』『バイクのマフラーから火がでて荷物が燃えました』『へっ?』一瞬、警官の目が点になった。

二人の間に沈黙が流れる。それは、あまりにも意表をついた答だったらしい。カタそうな警官はウロたえたのが恥ずかしかったのか、急に厳しい表情をすると『それを証明できるか』とビシリと言い放った。コトッ。僕が焼け焦げたフライパンを無言で机の上に置くと警官のマユがピクリとした。次に穴の開いたテントを置くとまたもやピクピクしている。そして炭化した米粒の付いたコッヘルを出した瞬間だった。こらえきれなくなった警官はついに大爆笑して苦しそうに『もういい。分かった』と言い、同僚を呼んできて『こ、これを見ろ』とまたもや大爆笑した。笑わせたらこっちのものだ。警官はさらさらと書類を作ってくれた。

 

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