2のツボ お金
旅する冒険ライダー 坪井伸吾のページです

 

 

ホーム
上へ

[ 戻る ] [ 進む ]

激しいスコールの去った後、空はからりと晴れ、熱気を運び去る心地よい涼風がリオの安宿から足を踏み出す気分にさせた。外に出ると排水設備が悪いのか車道脇には足首ぐらいの深さの雨水が勢いよく流れている。1ブロックほど歩いた時、何か水中に光る物があるので拾ってみるとそれは見たことのない硬貨だった。しかし良く良く見るとそれには91、BRAZILと刻印されている。そういえば確かに一年前は硬貨があった。とめどないインフレで新札が次々、出てくるので、この国でコインが使われていた事すらも忘れていた。



道に落ちていても誰も見向きもしてもらえない、このコインもわずか一年前には、きっとおいしい肉と交換されて太ったおばちゃんを喜ばしただろうし、もしかしたら世界第2位の殺人発生率を誇るこの町で事件のきっかけになるような活躍をしたかもしれない。そんな事を考えながら今はその短い一生を終えてただの金属片になってしまったコインをポケットにしまい雨上がりの路地裏をまた歩きだした。 

僕がブラジルにいた91年6月から93年4月の間にブラジルの当時の通貨クルゼイロは100倍になった。つまり1ドルが300クルゼイロだったのが30000クルゼイロになったのだ。書物によるとブラジルのインフレ率は92年1149%、93年2567%となっている。振り返って日本はどうか?そう考え財布から小銭を引っ張りだしてみると、昭和39年の1円玉があった。このお金は実に33年もの間、働いているのだ。

これは実は十分にすごい事だと思う。おかげで日本人はだれもお金そのものを疑ったりはしない。僕がただの金属片となった過去のお金をなんとなくポケットにしまったのも多分そのせいだろう。しかし作家五木寛之が文章のなかで戦後、給料を金ではなく物で貰いたかったと書いている。そう遠くない昔、日本にもお金が信用を喪失した頃があったのだ。じゃ、お金って一体なんだろう。お金が信用を失った世界では何が起こるのだろう。

当時ブラジルではおもしろい現象が起こっていた。大金を手にすると損するのだ。なぜか?僕ら旅行者はまず現地通貨を手に入れる時、旅行小切手を両替する。しかしインフレ国家ではその国のお金を持った瞬間から価値の目減りが始まるのだ。ヘタすると午前中に買えた物が午後には買えないかもしれない。それじゃどうしたらいいかって、答えは「寅さんになればいい」

金なんて使ってなんぼのもの。「宵越しの金はもたねえ、持った金はその場で使うテヤンデイ!」というのが正しいのだ。そしてさらに旅のエキスパートはその上をいく。インフレを利用して得する方法を一つ紹介しよう。毎日、物の値段が変わる所ではレストランのメニューの料金を変えるだけで仕事になる。だから日を決めて書き換えしている店がある。僕のよく行っていた店は火曜日にインフレに合わして値段を書き換えていた。つまり一週間のうちで火曜が一番高く、月曜が一番安い訳だ。

計算してもらうと分かると思うが週のインフレ率が仮に50%とすると月曜日は火曜日のなんと3割引きでメシにありつけることになる。後は同じ要領で他の店を見つけていけばいい。まあ、これは分かりやすい例で他にもおもしろい方法はいくらでもある。でも、それは敢えて言わない。こんな事は自分で見つけるほうが絶対おもしろいのだ。

最近ブラジルは新通貨に変わり、インフレは収まったが物価がやたら上がり居づらくなったと旅行者から聞いた、もうあの頃の不条理な世界も遠い日の話になったのかと思うとなんだか寂しくなるこの頃だ。最後に辞書による貨幣の定義を書いておく(貨幣)交換のなかだちで支払いの手段、価格の標準として、政府が一定の形や模様に作って発行した金属(硬貨)または紙(紙幣)など

 

This Homepage is maintained by Keiko Tsuboikeiko@a.email.ne.jp
©坪井伸吾 このサイトに置かれているすべてのテキスト、画像の無断転載を禁じます