HOMEoriginal>暗黒童話 …今宵はどの御伽噺をお聞かせしましょう 
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ニンギョヒメ [2010.]

愛用の懐中時計を片手に、寝静まった街道を軽快に歩む。
月と陽の入れ替わる、絶妙なタイミングが、【彼】の絶好な散歩時。
薄雲から仄暗い月明かりが森に射し込む、蒼白い幻想を背に。

 嗚呼…なんて美しいのだろう。
 見上げれば、夜空を蔽う白雲の合間に輝く小さな宝石星と、鮮やかに月輪を描く蒼月。
 地平線を見据えれば、 遠路続く街路灯の温かな燭。

もし叶うならば、美しき此の情景を彼女にも見せてあげたい。
"体質"故に【冷たい樹海】から外に出られず、緩やかな時間を孤独に過ごす、哀れな少女に。


 まったく、人間というものは、よくもまぁ…脆く儚い【叶わぬ夢】なぞ見続けれますね…。
 不思議なものです…。

 …ああ、いけない。もうこんな時間だ…。
 早く帰らねば、嫌眩しい朝陽を拝むことになってしまう…。



足早に街路を抜ける彼は、その長い耳に入る【音】に顔を顰める。
そういえば数日前より此の付近を通るたびに耳にしていたような気もする。
辺りを見渡すと、一軒。
夜更けに開いた窓辺から洩れる薄明かりに、娘の姿を見つけた。

歪んだ旋律を奏でるのは、あの娘なのだろうか?

そんな思考は、無意識に開いた懐中時計の針と、闇をかき消す夜明けの気配により中断される。

 いけない
 早く帰らなければ…。

駆け足で町の外れ…仄暗い樹海へと向かう彼が
拍子に【大切な物】を落とした事に気付くのは、朝日が天に昇ってからのことであった…。






  翌朝―

娘は言い付けられた門前の掃除の垣間、【彼】の【落とし物】をさっと拾い上げる。

養母にしかられないよう、すぐに懐に偲ばせ。
義姉たちに見付からないよう、素早く仔部屋の引き出しに仕舞い込む。

一日の仕事が一段落つき、自由の時間が貰えるのは、皆が寝静まった夜遅く。
急かし溢れる期待と悦びを胸に、足早に自室へ戻ると、戸棚に隠した【落とし物】をそっと手に包む。

昨晩、彼が腰に下げていた…金色のランプ。

 気付いてくれた!届いてくれた!
 お迎えの証に置いてくださったのよ…!

 ああ、嬉しい 夢みたい
 もうすぐこの息苦しい、みすぼらしい生活から開放されるのね
 もうすぐ、わたしの願いを叶えにお迎えに来てくださるのね

   わたしの、わたしの、王子様…

まるで物語に出てくるようなソレに、【もしかしたら】なんて密かな遊び心が芽生え、
娘は金色のランプを前に、真似た言霊を並べてみる。

 ランプさん、ランプさん、魔法のランプの精霊さん。
 わたしの願いを どうか聞いてください。


ひとつ―
醜いこの顔を…
街で一番と言われるくらいに美しく。

ふたつ―
もっと上手に歌えるように…
オルゴールのような音色を奏でれるように。

 みっつ…



 ……――…!



大鷲の羽音と窓外の月明かりより伸びる影に、娘は反射的に振り返る。


 うそ…
 未だ三つ目のお願い事、
 言って居ないのに……



月明かりを背に、羽音とともに降り立ったのは、
漆黒の高貴な燕尾服を纏い、白紫色の長い髪を軽く結わえた青年。


 お逢いできた…!
 お迎えに来てくれた!
 わたしの、わたしの、王子様!!


偶然か必然か―
事の次第に疑惑すら抱かず、驚愕よりも欣快のあまり、恍惚とする娘。

手中のランプが叶えてくれた【願い】に、唯夢見心地に佇む。

『おやおや…誰かと思えば。昨夜酷い旋律を奏でていた少女じゃありませんか…』
『その手に有るのは…。なるほど、私の【落とし物】を拾い…使ってしまったのですね』


柔らかな笑みと物静かな言並べで、ゆっくりと娘に歩み寄り、手を差し伸べる。

『なんて美しい女性でしょう…宜しければ私と共に…』

喜福の絶頂にある娘は、何の躊躇いもせず、悪夢のような現実からの解放に胸を躍らせ―




…【彼】の口元に潜む笑みにも気付かずに。

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