磁石の不思議 目次へ

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磁石や磁性材料は私たちの身のまわりに多く見受けられ、現代社会を支えている材料の一つです。
磁石については小学校の低学年でも、鉄は磁石にくっつくのにアルミ(1円玉)や銅(10円玉)はくっつかないという事実は習うようですが、何故そうなのか、ということはおそらく理系の大学を出た人でも知らない人が多いと思います。その原因は、物質の磁性を正確に理解するには量子力学の知識が必要だということもあります。ここでは高校の物理・化学の知識で理解できるよう説明するつもりです。

さらに詳しいことが知りたい方は、拙著「磁性入門 −スピンから磁石まで−」をご覧下さい。
こんな内容です。


永久磁石と電磁石

はじめに、磁性材料には大きく分けて2つの違ったタイプがあることを知っておく必要があります。
(1). 永久磁石:それ自身が磁石の性質を持ち、鉄などの磁性体をひきつける能力がある。硬磁性材料とも言います。かならずS極(南極)、N極(北極)があります。(図1 a)
(2) 電磁石:磁石にくっつくが、それ自身は磁石でない。しかし、コイルや他の永久磁石の助けを借りて磁石になる。軟磁性材料とも言います。(図1 b)
その他、最近よく使われる(3)磁気記録材料があります。これは、微小な永久磁石をテープなどに塗布したものです。

これらを、総称して『強磁性体』と呼びます。


身のまわりの磁石(ここに図入りで紹介しています)

つぎに、どんな所に磁石や磁性材料が使われているかを見てみましょう。 下表で赤字は永久磁石青字は電磁石茶色字は磁気記録材料です。紫色は永久磁石,電磁石両方使われています。

方位針 ここを参照 中国では戦国時代(2500年前)から使われていたそうです
文具、家具 マグネットクリップ、ドアロック、磁気シート
カード類 マネーカード、プリペイドカード、切符(自動検札用) 裏面の茶色の塗料が磁性体です
磁気記録 カセットテープ、ビデオテープ、ハードディスク、光磁気ディスク 最近進歩の著しい分野です
医療用 (一部の)MRI、エレキバン 本当に効果があるのかどうか怪しいものもあります
電気機器 モータートランススピーカヘッドホン磁気ヘッド 殆どの電気器具はどこかに磁性材料が使ってあります
電 力 発電機、変圧器
交 通 電車(モーター)、自動車(スタータ、自動ロック等)
環 境 古鉄回収非鉄金属(アルミ)廃棄物選別
防 犯 磁気キー防犯タグ 防犯タグはCDショップや図書館で使っています。

磁石にくっつく物質(強磁性体) くっつかない物質

小学校で習った鉄やアルミより広げて調べました。赤字は実用磁性材料として開発された物質です。

磁石にくっつく
(強磁性体)
くっつかない 備  考
金 属 鉄、コバルト、ニッケル アルミ、銅、マンガン 等 室温で強磁性の元素はFe,Co,Ni のみです。
合 金 Fe-Ni(パーマロイ)、Fe-Co
Fe-Ni-Co-Al
(アルニコ磁石)
ステンレス(Fe-Ni-Cr)
(刃物用)
MnAl磁石
Cu-Zn(真鍮)

ステンレス(Fe-Ni-Cr)
(流し用)


どちらも、Fe,Ni,Crの合金ですが結晶構造が違います
(刃物用は体心立方晶、流し用は面心立方晶)

MnもAlも単独では非磁性なのに強磁性になります
化合物 SmCo5(サマリウム磁石)
Nd2Fe14B(ネオジム磁石)

日本で発明されたもっとも強力な永久磁石です
酸化物 Fe3O4(磁鉄鉱)
γーFe2O3(マグヘマイト)
BaFe12O19(バリウム磁石)
αーFe2O3(ヘマタイト) 古代から知られている強磁性体です
マグへタイトは磁気記録用の材料です
バリウム磁石は安価で強い磁石です。

この表を見ると、強磁性となる物質には必ず鉄か、鉄族遷移金属(Co,Ni、Mn、Cr 等)が含まれていることがわかります。
合成樹脂などの有機物で室温で強磁性体となる物質が発見されれば画期的なことで盛んに研究されていますが見つかっていません。


磁石についての3つの疑問

上の2つの表から次のような3つの疑問が生じます。

I なぜ強磁性体には鉄族元素が必要か?


II 鉄族元素が含まれていても強磁性にならない物質があるのは何故か?


III なぜ純鉄は永久磁石にならないのか?

この疑問に答える前に、磁気に関する基本的な量、用語を説明しておきます。

磁気モーメント M
磁石の強さを表す量です。磁石には必ず両端にN極、S極があり、N極には + の磁荷が、S極には- の磁荷が存在します。磁石の強さはこの磁荷にN極、S極間の距離 を掛けた量で表し、これを磁気モーメント Mm・ といいます。
には方向があり、従って、M にも方向がありベクトル量です。従って、よく矢印で表すことがあります。(図2 参照) 単位は Wb・m (Wb[ウエーバー]は磁荷の単位です) なお、単位体積当りの磁気モーメントを磁化と呼び I と書きます。単位は Wb/m2 です。
磁場 H
磁界とも言います。単位はA/m。 1A/m の磁場中に1Wb の磁荷を置くと 1N の力を受けます。従って、磁場中に磁気モーメントを置くと、N極は磁場方向へ、S極は磁場と逆方向の力を受け、磁気モーメントを磁場の方向へ向ける回転力が働きます。方位針が北を指すのはこの力です。一様な磁場中ではこれ以外の力は働きません。磁石が鉄を引きつける力は、磁気モーメントが磁場が強いほうへ引きつけられるためです。
磁束密度 B
磁場と混同されやすい量ですが、B=μ0H + I  で定義されるベクトル量です。 単位は T[テスラ] μ0は真空の透磁率(=4π×10-7H/m) 電気工学で重要な役割を果たす量です。
帯磁率 χ、透磁率 μ
物質に磁場をかけたとき発生する磁気モーメント・磁束密度の大きさを示す量で、
=χ、 =μ の関係があります。物質に固有の量です。

* 以上の定義は 最近の磁性に関する専門書でよく使われている E-H対応MKSA単位系によるものです。やっかいなことに電磁気学では単位系が異なると数値だけでなく量の定義やそれらの間の関係式まで変わってきます。この他、国際標準(SI)単位系(E-B対応MKSA系)、cgs 単位系などがあります。本来はSI単位系を使うべきですが必ずしも普及していません。物理関係の専門書、データ集などではいまだにcgs単位系が広く使われています。


3つの疑問の解答

I なぜ強磁性体には鉄族元素が必要か?


磁気モーメントの起源を原子の世界まで遡って追求すると、その素因は電子にあります。電子は 電荷 −e 、質量 me を持つ素粒子ですが、一定速度で回転しており(スピン運動)、電荷を持つ粒子が回転すると、右図のように、コイルに電流が流れるのと同じ原理でまわりに磁場を発生します。その磁場分布は、電子が小さい磁気モーメントを持っているのと同じなので、電子は磁気モーメントをもっているとみなせます。



電子は、普通原子核と結合し原子の構成粒子として存在します。したがって原子も磁気モーメントをもっているはずです。実際には内殻軌道には左回りスピン電子と右回り電子がペアーで入り、磁気モーメントは打ち消しあい消失します。しかし、最外殻の価電子の磁気モーメントは右図のように打ち消されずに残っています。実際、水素やナトリウムの原子は磁気モーメントを持っています。しかし、ヘリウムやネオンなどの不活性元素を除き、孤立した原子は不安定で、分子を形成したり、イオン化して結晶になったり、或いは金属となります。例えば、分子を作る場合、二つの原子の価電子が結合軌道(共有結合)を形成しここへ2つの価電子がやはり反対方向にペアーで入り磁気モーメントは消失します。従ってほとんどの物質は磁性を示しません。ところが、鉄族原子の場合、価電子の内側に特殊な軌道(3d軌道)を持ち、この軌道(全部で10個の電子が入り得る)が完全に満たされないまま、価電子軌道に電子が入り、3d軌道の電子は結合には寄与せず、磁気モーメントが打ち消されずのこります。(図右下) つまり、鉄族原子は化合物や結晶中でも磁気モーメントを持っています。
なお、鉄族元素の他、希土類元素も磁気モーメントを持っています。


II 鉄族元素が含まれていても強磁性にならない物質があるのは何故か? 

原子が磁気モーメントを持っているだけでは強磁性になりません。強磁性体は右図に示すように、個々の原子の磁気モーメントが同じ方向に整列し全体として大きな磁気モーメントを持った状態なのです(このようにして生じた結晶全体の磁化を自発磁化とよびます。)このような状態が実現するためには、原子の磁気モーメント間に互いに平行になろうとする強い力が働く必要があります。この力は原子磁石間に働く磁気力(この力は弱くて強磁性の原因になりません)ではなく、交換相互作用と呼ばれる量子力学的な力です。この力が弱いと、熱エネルギーのため室温では個々の磁気モーメントがバラバラな方向を向き、全体としては磁気モーメントを持ちません。このような状態を常磁性体と呼びます(下図左)。その他、隣同士を逆方向に向かせる力が働く場合もあり、下図中央のような反強磁性体となることもあります。反強磁性体的な配列で、上向きモーメントの大きさと下向きモーメントの大きさが異なるとき、モーメントが打ち消されず、全体として大きな磁気モーメントをもつ物質があります。これを、フェリ磁性体といいます。実際上は強磁性体と同じで、フェライト磁石と呼ばれる磁気材料はフェリ磁性体です。上の例で、マグヘマイト(γ-Fe2O3) はフェリ磁性体で、ヘマタイト(α-Fe2O3)は反強磁性体です。

* 交換相互作用とは? 
2つの電子が近接して存在するとき、マイナス電荷同士の間に静電
(クーロン)反発力が働きポテンシャルエネルギーが増加します。このとき、電子の量子力学的性質により、同方向スピン電子間と逆方向スピン電子間の静電エネルギーが異なり、その差を交換エネルギーと呼び強磁性や反強磁性の原因となります。


III なぜ純鉄は永久磁石にならないのか?

上の図を見ると、原子の磁気モーメントが同一方向に並んだ強磁性の状態は永久磁石のようにN極、S極があるはずです。ところが、実際の純鉄は永久磁石ではありません。実は、永久磁石というのは大変不安定な、エネルギーの高い状態なのです。
左図を見てください。一番上は永久磁石です。この磁石を図のように横に2つに切って二つの棒磁石にして見ます。そうするとこのままではS極、N極同士が反撥し離れようとします。これをもと通りにしようとするには力に逆らって仕事をする必要があります(左下の状態)。つまり、元の状態はエネルギーの高い状態なのです。放っておくと、どちらかの磁石が180度回転して、右下図のように異極同士がくっついた安定な状態に変わります。このエネルギーの差を静磁エネルギーとよびます。

ところで、このような安定な状態は何も磁石を機械的に切断せずとも実現できます。例えば右図のように下半分の原子の磁気モーメントが一斉に反転すればいいわけです。このようにして生じる領域を磁区といい、その境界をを磁壁といいます。右図の点線は磁石から発生する磁力線を表しますが、磁区が出来ると、磁力線の発生が減少します。実は静磁エネルギーの大きさは、発生する磁力線の多さ(磁場の強さ)で決まります。実際の鉄は下図に示すように、更に小さないろいろな方向を向いた磁区に細分され、外部にほとんど磁力線を出しません。すなわち、鉄は永久磁石にはならないわけです。ただし、外からコイルなどで磁場を加えてやると、磁壁が動くことにより、また磁石としての性質を取り戻します。これが電磁石です。
 逆に、永久磁石を作るには磁壁が出来ないようにするとか、いろいろな工夫が必要になります。つまり、永久磁石はかなり特殊な強磁性体であるといえます。 このあたりの詳しいことは別のページで説明します。

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