美亜へ贈る真珠

短編傑作選 ロマンチック編

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梶尾真治 著
カバーイラスト 水樹和佳子
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫JA
ISBN4-15-030731-8 \580

時間に、愛を

 「航時機」と名付けられたその機械は、その内部の時間の進む速度を通常の8万5千分の一に圧縮する、未来へ向けた一方通行のタイム・マシンだった。外の世界の一日は、この機械の中ではわずか一秒の間の出来事に過ぎない。その機械の中に「彼」はいた。最初は物珍しさも手伝って、「航時機」とその中の人物を見ようという見物客もいたが、年月が経つにつれ、一般の興味も薄れ、航時機を設置したパビリオンも閑散としてくる。そんな中、たびたび航時機の元に訪れ、機械の中の「彼」を見つめる女性の姿があった。彼女の名は美亜。航時機の中で別の時間を過ごす「彼」、アキとは恋人同士だったのだという。だが今、愛するアキはマシンを通してみる塑像でしかない…。

 表題作、「美亜へ送る真珠」こそ、梶尾真治のSF作家のとしてのキャリアの第一歩にあたる記念すべき作品。どういうタイミングがあったのか、実は私、恥ずかしながらこれを読むのは今回が初めてだったりする。で、その感想を一言で言うなら、あまりにありきたりだけど「デビュー作にはその作家の全てがつまっている」ってことになるかなあ。「時を超える愛」というテーマ、頼りなげに見えて実はしっかりした女性たち、微妙な「地方」の雰囲気、それから「夏」。「黄泉がえり」に至るまで、梶尾真治が描き続けている世界ってのは、実はデビュー作のこの作品から、ずうっと書き継がれている世界なのだね。

 オーソドックスな(それ故今や古い、といえるのかもしれないけれど)、端正なスタイルのSFを読む楽しみを存分に味合わせてくれる本。日本SFの一つのスタンダードなので、これはある意味課題図書扱いしてもいい本だと思う。で、学校から押しつけられる課題図書とこの本が違うのは、読んだ後の満足感が段違いだ、ってあたりで。

 カジシン作品を紹介する時に(『黄泉がえり』の時も感じたけど)、やけに「泣ける」と言うフレーズが前に来る傾向があってそこは好きじゃない(泣ける、てのとはちょっと違うんじゃないかなあ)んだけど、なんせ課題図書です。SF好きを自認してて、まだ読んでないって人はここで読んでおくよろし。ここから「エマノン」シリーズに進むも良し、「クロノス・ジョウンター」に行くも良し。

03/08/20

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