暗殺工作員ウォッチマン

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クリス・ライアン 著/伏見威蕃 訳
カバー写真 ©Victor Watts/REX FEATURES/PPS通信社
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫NV
ISBN4-15-041042-9 \900(税別)

英国式"非情のライセンス"

 一般兵士からキャリアをスタートさせ、いつしかSASのベテランとなり、さらには異例ともいえる士官昇進まで果たしたアレックス・テンプル大尉。シエラレオネでの極秘の人実救出作戦において親友を失いながらもミッションを完遂し、疲れ果てて基地に戻った彼を待っていたのは、突然の帰国命令だった。連続するMI5の高官の惨殺事件。その犯人と思われる人物は、かつてMI5自身が入念な訓練を施してPIRAの本部に送り込んだ特殊工作員の可能性が極めて高かったのだ。しかもその男、"ウォッチマン"のコードネームで呼ばれる人物は、アレックスと同様、SASでもとびきりの兵士の一人でもあった…。

 元SAS隊員でもあった著者による、SASの戦士を主人公に据えた冒険アクションシリーズ。今回の主人公、アレックスはライアンの前作、「特別執行機関カーダ」の主人公、ニール・スレイターとも過去関わりがあった、という設定になっている。まあこの辺は一種のファンサービスみたいな物なんだろうけどね。

 お話の方はもう、実にいつもの通りのライアン節で、ひたすら「待つ」屈強の戦士の姿が存分に描かれる。今回は敵に回る者も自分と同じ、もしくはそれ以上に過酷な訓練を積んだ戦士と言うことで、敵と味方の丁々発止の駆け引きのおもしろさなんかも盛り込まれている。そのうえで感じるのは、英国人ってのが「組織」って物をどう捉えているか、ってあたりでのシビアさというかクールさみたいなもの、といえるかな。

 特撮ファンなら先刻ご承知、「プリズナーNo.6」にしろ「謎の円盤UFO」にしろ、大義の下に動いているはずの、ありていに言えば「正義の味方」側の組織であっても、その内情は結構どろどろしているし、絶対に、全幅の信頼なんか置ける物じゃあないんだって事を、英国人の中では愛国度、というか、それらの組織を信じる事にかけてはトップクラスであろうエリート特殊部隊に在籍した人間であっても持っている、というか彼にそういう気持ちを持たせても構わないと国側が思っている、というか、そのあたりの懐の深さと言えばいいのか業の深さをある程度受け入れるあきらめの良さというか、あるいはキミらがいくら喚いてみてもこの世の中のいちばん昏いところのシステムってのは簡単に変えられるようなもんじゃないんだよ、というシニカルな諦観というか、そんなあきらめ混じりの"現実"が、じわじわと感じられてくるんだよな。英国人は怖いわ、いやほんと。

 お話そのものは、そんなややこしいことを考えなくても充分に楽しめる(いや、小説うまくなったな、と思いますよほんと)一作なんだけど、背後に潜む、英国(が潜在的に持っている)の怖さみたいなものも同時に感じたりして。クランシーには、つかアメリカの作家にはなかなか、こういう話の持って行き方はできまいて。

03/08/15

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