グレッグ・イーガン 著/山岸真 編・訳
カバーイラスト Rey.Hori
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011451-X \820
「祈りの海」に続く日本版オリジナル短編集。街に突然出現するワームホール。その中に飲み込まれた人間は見当識を喪失し単独での脱出は困難を極める。そんな彼らを救出する事ができる特殊技能者、"ランナー"の一人がその日ワームホールの中で見たものとは…、という「闇の中」、あまりにも"道徳的"であるが故、現代社会の荒廃ぶりに我慢がならない一人の科学者。退廃した人間だけを世界から排除するために神が遣わした罰と思えたエイズも、人間は克服しつつある。ならば自分が、真の意味で神罰を下さなければならない。そう決意した彼が作り出した全く新しいウィルスとは…、という「道徳的ウィルス学者」(このスラプスティクぶりはかなり私好み)、異常な高値の付いた一枚の
いずれ劣らぬハードSFの"オン・ジ・エッジ"感覚に満ちあふれた作品群。その上でどの短編も、妙な懐かしさを併せて味あわせてくれる。なんというかな、正統SFを読んでいる、と言う感覚。最先端の、とんがった思考実験のみにとどまらず、正統的なSFが本来持つ、良質のミステリ感覚みたいな物もちゃんと備えた作品群になっている、と言う感じか。それは時にはスラプスティクの形を取り、また時にはハードボイルド風味をまぶされたかたちで届けられるのだけれど、その根っこにあるのは、案外伝統的なSFのスタイルだったりするのが興味深い。
イーガンが意識してとんがった部分とトラディショナルなSFのスタイルを融合させよう、というか両者が折り合える場所を探そうとしているのかはわからないけれどこの短編集、そこが長所にも短所にもなってしまっているな、と思わされた。イーガンらしい、先端の技術情報から繰り出されるSF的アイデアの新しさ、おもしろさはとても楽しい。その上で実にオーソドックスなSF、と言う感じのお話作りがされているのも個人的にはうれしい。んだけど、その二つを併せて評価するとどっちつかずになっちゃう、みたいなね。
イーガンというブランドは、そもそも私みたいなヘタレ文系がどうこう言えるようなところからははるかにぶっ飛んだところで、(ワシには)訳のわからんことをぶりぶりと繰り出してくれるところに魅力があるんじゃないかな、こっちが"何となく判った"気になるようなお話を持ってこられてもちょっと困っちゃうな、と言う非常に贅沢な不満を持ってしまう訳で。
いやもう個人的にはいかにもなSF的展開に満ちたお話と、先端の技術情報に裏打ちされたSF的アイデアのバランスが良く取れた、かなり楽しめる一冊であると思うのですけど、これを「傑作」とまで呼んでいいものか、微妙にためらいもある訳でして。
03/08/13