少女たちの「かわいい」天皇

サブカルチャー天皇論

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大塚英志 著
装画 会田誠「美しい旗(戦争画RETURNS)」
装幀 鈴木成一デザイン室
角川文庫
ISBN4-04-419116-6 \590(税別)

迷走するイノセント

 日本全国を覆った奇妙な"自粛"ムードの中、国民の関心はかかって"Xデー"の到来にあった。未曾有の大戦を経験し、神格化された存在から一人の人間として、劇的な立場の変化を受け入れ、それでもなお多くの人の関心と敬意をその一身に集めた一人の老人の他界する日。そしてその日がやってきた時、彼の居城の前に記帳に集まる群衆の中に、明らかに意外な、場違いとも言える少女たちの姿があった。天皇制を肯定も否定もせず、ただその(マスコミによって伝えられる)日常の姿に気安い親近感を抱いて集まった彼女たち。彼女たちにとって天皇とは何を意味していたのか、彼女たちをその先端に置き、ワールドカップサッカーでの日の丸、君が代や、小林よしのりに代表される、妙に口当たりがいい"ぷち"ナショナリズムが台頭した理由はなんなのか、に関する評論集。

 同じ著者の「『彼女たち』の連合赤軍」と対をなす、サブカルチャーで世相を読み解く評論集、といえるか。キイ・ワードは"イノセント"。無垢である、無防備である、お人好しである、そんなニュアンスの総合としてのそれ。天皇崩御後の宮城でそれなりに真摯に記帳を行う少女たち、ディズニーランドに理想郷を見た三島由紀夫、常に乳離れできない男の子を描き続ける石原慎太郎、天皇制への言及を巧妙に避けつつ口当たりのいい愛国論議を展開する新種の右翼勢力。それらに共通するものとは、思慮の浅いイノセントさである、と大塚氏は言いたいのかな、と思った。

 「少女趣味」が伸びようとした矢先に男性優先の社会観と衝突して起きたのが連合赤軍の「総括」によるリンチ殺人とそれに続く先鋭的左翼の失速であった、それはつまりイノセントさに何らかの意味を持たせようとしてそれができなかったが故に破産した姿であったとするならば、おなじ「少女趣味」が、それを理解し得ないものを置き去りに独走し、「かわいいもの」に取り囲まれていれば、口当たりのいいものに取り巻かれていればとりあえず安心だ、という、イノセントであること自体に安心してしまって他者への明確な理論武装をはなから放棄してしまっている、奇妙に説得力に欠けた新しい右翼的思想を社会に登場させる事になった根幹である、と言うことになるんだろうか。私自身が大塚氏と近い年代であることもあって、彼の言うことはいちいち腑に落ちる。腑に落ちるんだが心底賛同はできない。それは大塚自身もまた、彼がクリティークの対象としているものと同じように(そしてそれは大塚と同年配の私にも言えることだけに内心忸怩たるものがあるんだが)イノセントさを捨て切れていないから。

 本書は、その基本を天皇制をどうすべきか、と言うところに置いた評論集である訳なんだけど、始め象徴天皇としての天皇制をある程度容認していた大塚は、後に天皇制を「断念」すべきだ、と言う論調に転向している。そのこと自体は別に批判する気はない。ただ、大塚による天皇制を「断念」した日本のあるべき姿、ってのが私には、なんだかそこまで彼がいろんな形で批判してきたイノセントな世界に見えてしかたがないのですよ。そこらへんで「おーおー、そうだよな」と思いつつもこう、どこかカユいんだこの本。

 イノセントである事を単純にイノセントだね、で済ませ、症状を羅列するだけでとどまってしまうのがサブカルチャーに身を置く人間のスタンスであるとするならば、大塚英志にはそろそろ自分を"サブカルチャー"とか言う肩書きがつかない立場で発言する覚悟をもって欲しい、と思ったりするわけなんでした。彼の言いたいこと、すごく良くわかるし同意できる部分もたくさんあるのですけどね。

 うわあ、途中から「大塚」呼ばわりになっちゃってら。ごめんなさい。

03/08/06

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