マルドゥック・スクランブル

The Third Exhaust 排気

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冲方丁 著
カバーイラスト 寺田克也
カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ
ハヤカワ文庫JA
ISBN4-15-030730-X \720

(ワンダー)は細部に宿る

 事件担当官、ドクターとウフコックのコンビと共にあわや自分の命を奪うことになったかも知れない事件を追うバロット。事件の鍵はターゲット、シェルの記録を確保することにあった。特殊な向精神薬の影響で一定期間ごとに自らの記憶を完全に失ってしまうシェル。彼のこれまでのすべての記憶は、マルドゥック(シティ)最大のカジノの100万ドルチップのうちの4枚に記録されている。狙うは400万ドルの勝ち。ドクターのアドバイス、ウフコックのサポートを得たバロットの戦いが始まった。だが彼女の前に立ちはだかるのは最強のディーラー、アシュレイ。そしてこの瞬間にも彼女を抹殺しようと迫るウフコックのかつての相棒、ボイルドの影が…。

 前巻から引き続き、この巻でもその半分近くを占めることになるカジノでの勝負が圧巻の一言。前作でベル・ウィングという魅力的な女性とルーレットで闘うことで一回り成長を遂げたバロットは、今度は本命の勝負、ブラックジャックでカジノの最強ディーラー、アシュレイと死闘を繰り広げる。新たに彼女が得た超感覚と、人間をはるかにしのぐ演算速度を持ったウフコックのサポートを持ってしても容易には突破できないアシュレイの壁を前にして、バロットがたどり着いた一つの答えとは………、ええいそれは自分で読んで感じ取ってくれ。

 ワシら(あ、『ら』は余計か)はあまりにも安易に「センス・オブ・ワンダー」と言う言葉を使ってしまう傾向があって、おもしろくないSFを表する時なんかにほいほいと「そこにはワンダーがない」などと言ってしたり顔をしてしまうんだが、んじゃあどういう時が「ワンダーがある」ときなのよ、ってのは、案外具体的に説明できないものだよな、などと思ったりする。なんとなく、こうだ、というのは言えるけど、そこに何らかの系統図みたいなものを作るところまでにはいかない、みたいなね。ほんとにとんでもないモノにぶち当たった時に、人間って「いやとにかく凄いから見てみ」しか言えないもんなのかもわからん。多くの場合SFのワンダーってのは「その手があったか」的ショックなのでまあしかたがないといえるのかも知れないのだけれど。

 ただこの本読んで一つわかった。細部をおろそかにするヤツにはワンダー(という、なんだか大まかで得体の知れないもの)はわからない、ってこと。延々と続くルーレットであったり、ポーカーであったり、そしてカジノ勝負の白眉、ブラックジャックであったり、一見して「知ってるよ」と思っていたものごとに改めて深く切り込み、一度それらを解体し、そして再構築し、さらにそこに独自の視点をほんの少し紛れ込ませる。それだけで普段何となく知っていたつもりになっていたものごとたちの、全く知らなかった姿が浮かび上がってくる、これをワンダーと言わずしてなんというかね。

 カジノのシーンが無くても、もしかしたらこの作品、心を閉ざした少女と「使い手」を求める最強の兵器、そして両者の心の葛藤を知り、どうにかしてやりたいと思うはぐれ科学者の、それぞれの居場所を求める物語として充分に楽しめるモノになっていたのかも知れないけど、この、緻密かつ濃密なカジノでの戦いがはいったことで、読んでる側に圧倒的な存在感とワンダーを(と、また軽々しくその言葉を使う)感じさせてくれるものに仕上がったと思う。巻を追うごとにおもしろさが加速していく感じ。うーん、これは分厚い一冊の本で読みたかったなあ。一冊モノだったら満点つけても良かったのに。きっと分冊以上に半端じゃないドライブ感を味わうことができたと思うんだけどな。

03/07/27

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