マルドゥック・スクランブル

The Second Combustion 燃焼

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冲方丁 著
カバーイラスト 寺田克也
カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ
ハヤカワ文庫JA
ISBN4-15-030726-1 \680(税別)

価値を理解できるのが人間だ

 最強の白兵戦兵器である金色のネズミ、ウフコックとの絆を徐々に強めていく少女、バロット。バロット、ウフコック、そしてドクター・イースターのトリオに対立する担当官、ボイルドは裏の世界の凶悪な犯罪集団(カンパニー)、"畜産業者"の5人をバロット抹殺のため送り込む。だが、超感覚を持ち、あらゆる電子装置に干渉できる能力を持った皮膚と、完全にそのコントロール方法を会得したウフコックを操るバロットにとって5人の暗殺者たちなど物の数でもない相手だった。だが、戦いの中、バロットは抑制を忘れ、パートナーであるウフコックに倫理の限界を超えた戦闘を要求する。それはかつて、ウフコックが過去の相棒、ボイルドとチームを組んで行動していた時の忌まわしい記憶を再現するものだった………

 と言うあたりまでが前作、「圧縮」のストーリィ。ウフコックに限界を超える作動を強いたが故にあわや破滅的な事態を引き起こしかねないところまで状況を悪化させてしまったバロット。間一髪、最悪の事態は免れたがウフコックは大きなダメージを受け、バロットもまた自分が引き起こした行為に恐怖する。そんな彼らを一時的に保護する事になる「楽園」とは、かつての相棒だったウフコックとボイルドの関係とは、ボイルドのクライアントでありバロットの当面の敵であるシェルとは…。様々な設定と伏線がうまい具合に絡み合い、ある物はぱっと開いてお話の彩りを深めてくれる、魅力的なシリーズ第二作。一作目は面白い、と思ったがそれでもまだあちこちで、それなりにパターンだよな、と思わせられてしまう部分もあって完全に気に入るところまではいかなかったのだけれど、この二巻目でそのあたりの"どっかで見たな"感覚はかなり払拭されて、作家独自の世界観、あるいは、んー、なんというかな、「オレはSFってこういうもんだと思うのだけど、どうよ」みたいなメッセージがばしばし伝わってくるような感じを受けた。

 冲方丁という人の作品を読むのは初めてなので、大きく外しているのかもしれないけどこの人は、たとえば神林長平のSFの根っこにあるのが「情報」であるように、その根っこに「認知」を意識している作家なのではないかな、と感じる。このシリーズでは「認知」のためのキイ・ワードは「価値」。作品中、「楽園」の指導者の一人であるフェイスマン博士とボイルドの問答は、ヒトがヒトであるということはつまり、ヒトであるという事に価値を見いだせるか否かが問題なのだ、というやや禅問答的な部分を持ちながら、実に魅力的なSF的"種"の定義問答になっていて読んでて楽しい。解説で鏡明氏も書いてるが、基本的にこの人の作品は"大量のアイデアで勝負してくる"、新しいSFに見られるスタイルを取ったお話になっている。なっているんだがその中で、こんな、"種"についてあーだこうだと登場人物が問答繰り返すような古典的なフィーチャーをしっかり用意してくれているあたり、狙ってるのか素なのか良くわからんけど作家の懐の深さを感じてしまう。実に今風な作風なのに、どこかで微妙に、懐かしい物も感じてしまったりして。

 ま、そんな小難しいことを別にしても、性格明るいドクター・タキオンと、もひとつ踏ん切りのつけられないマイティマウスと、人とどう接していくのか、から学んでいかなければいけないパワード綾波の大冒険、としても充分に楽しめる一作。神林のアプロ、ラテル、ラジェンドラに匹敵する、日本SF名物トリオになってくれるかもしれない。本作後半で重要な意味を持つカジノ勝負のおもしろさ、そしてそのカジノの中で圧倒的な存在感を見せつけるルーレットのスピナーの老婦人、ベル・ウィングもとても魅力的。さらなる波乱が予想される続刊は今月刊行。かなり楽しみです。

03/07/11

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