ドゥームズデイ・ブック

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コニー・ウィリス 著/大森望 訳
カバーイラスト 田口順子
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011437-4 \940(税別)
ISBN4-15-011438-2 \940(税別)

時に隔てられた悲劇と喜劇

 21世紀中盤、人類はついに過去の世界に旅立ち、そしてまた現代に戻ってくる技術を手にしていた。歴史研究者たちが自分が専攻する時代に直接赴いて、その時代を直接観察することが可能になったのだ。オックスフォード大学の学生、キヴリンも今まさに、自らの研究分野である14世紀の英国へと旅立とうとしていた。14世紀のヨーロッパ、そこは黒死病が猛威をふるい、全人口が半減した暗黒の時代。だが計画ではキヴリンが降り立つのは黒死病の流行する20年前、しかも彼女には現代の医学が考えられるあらゆる病気に対する防護措置がとられている。なんの危険もないはずだった。だが非公式に彼女をサポートしてきたダンワージー教授の心配は尽きなかった。最終的な決定権を持つ史学部長の休暇中に、代理の学部長であるギルクリストによって、初めて訪問する時代であるのにもかかわらず充分な予備調査がなされていないまま実験が強行されようとしていること、キヴリンにとって最初の時間旅行であるにもかかわらず、行く先は決して文明的とは言いにくい中世ヨーロッパ、さらにこの時代への訪問には前例がないこと、しかもそもそも、キヴリンは若い女の子なのだ…。

 ダンワージーの心配をよそに元気いっぱいで初の時間旅行に臨もうとやる気満々のキヴリン。傲岸なギルクリストもダンワージーの主張には全く耳を貸さない。そうして強行された時間移動には特に問題はなかったように思われた。だが………

 訳者あとがきで大森望氏もちょこっと書いてらっしゃったたけど、私にとってコニー・ウィリスって人はちょっと強面な感じのある"フェミニズムSFの旗手"ってイメージが強くって、「なんか小難しいこと語られるんだったらイヤだなあ」なんてつい思っちゃう傾向があるんだった。「90年代SF傑作選」に収録されてた「魂はみずからの社会を選ぶ」なんか読んでみると、けっしてこの人はそれだけの人じゃあないんだ、ってのが見えてきたりして、多少そんな先入観は和らいではいたのだけども、やっぱり心のどこかで「いきなり小難しいこと言われちゃうかもしれないなあ」なんて思いながら読み始めた訳です。で、そんな心配は全く無用でありました。SFとしてすごいのかといわれると正直「うーん」なんだけど、そんなものはどうでもいいかと思わせてくれるぐらい、「物語」としてのパワーが素晴らしい。個人的に最近、どんな小説であれそれが「物語」であることを忘れちゃってるような本はダメだろう、と思うようになってるわけなんだけど、その個人的基準からしたらもう、その「物語」の作りのうまさに圧倒される。正直「いいSF」だとは思わない。でもこれは「いい物語」だ。

 元気いっぱいで中世に旅立つ元気少女キヴリン、やきもきしながら現代でそれを見守るじいさまダンワージー、っていう二人を軸に二つの時代にそれぞれ存在するキャラクターたちが直面する事件が並行して語られていくわけなんだけど、同じようなニュアンスの事件が方や中世では少々重苦しく、一方現代ではいささかスラプスティクじみた狂騒として描かれ、お話はやがて少なからぬ悲しみも含んだエンディングへ。やや大きめの活字とはいえ約1100ページの大部を一気に読まずにはいられないと思わせてくれるウィリスの力量はすごい。わたしゃどっちかというと意地の悪い読み手なんだろうと思うんだが、そんな意地悪リーダーにとっては少々納得いかないところが結構ある(伏線として休暇中の学部長の扱いはどうよ、とか序盤のキーになる病気と、それが中世で何かしたのか、しなかったのか、ってあたりとか)んだけど、まあそれもありか、と思わせるお話のパワーがあるな、というところ。

 (それなりに科学技術が進んだが故に)ひとつの病気がもたらすものがスラプスティク・コメディにしかならない現代社会と、同じようにひとつの病気が蔓延することが、笑い話ではすまされない悲劇を次々と生み出す中世。単に生きるだけならそりゃ現代の方が安心だけど、人の生き死に、命の重さを考えるときに、より生と死に真摯に人が向き合っていたのはどちらの時代だったのだろうかね、ってな問いかけもかすかに含めて、いやこれはなかなか。前述したとおり、意地悪な本読みとしてはそれが伏線であろうと期待してた部分が、実はそうでもないことがわかったあたりでちょっと「惜しいなあ」と思ったりする部分もあるにはあったりするのだけれど、それでも濃厚な読書タイムを提供してくれた本って事でかなり好印象。面白かったです。続編もあるらしいんでそっちも期待しまくり。

03/04/10

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