騎乗

競馬シリーズ(36)

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ディック・フランシス 著/菊池光 訳
カバー 辰巳四郎
ハヤカワ文庫HM
ISBN4-15-070737-5 \700

できすぎ親子の…

 まだ十八にもなっていなかった。自分では、トップクラスではないがそれほど悪い騎手でもないつもりだった。だがある日、私の所属していた厩舎のオーナーは、私がシンナーの常用者であるという理由で、突然解雇通告を言い渡す。身に覚えのないことであるといくら抗議しても聞き入れられることもなく、悄然と厩舎を後にする私を待っていたのは、一台の黒い車だった。いよいよ政界を目指すことを決意した父が、自らの選挙運動にとって唯一の家族である私がそばにいた方が有利であると判断したことが、今回の突然の解雇の原因だった。当惑と怒りで父と対面した私だったが…

 "競馬シリーズ"、文庫版最新刊。(おそらく)シリーズ最年少の主人公が、突然モラトリアムから引っこ抜かれシビアな大人の世界に放り込まれ、揉まれていく中でいつしか一人前の男になっていくまで、そして微妙に残っていた親と子のわだかまりを消し去っていくまでの物語。信用銘柄としての安定度はさすが。このシリーズをいくつか読んでいる人なら、いつものフランシス(アンド菊池光)節を充分に堪能できる。最近のハヤカワの傾向なのか、文字が大きめなのがこの手の本では少々嬉しくないのだけれども。

 自らを「私」で語り、それなりに熟練した障害騎手の能力と射撃に冠する知識を持ち、大人の中にあって妙に背伸びすることはしないけれども、決して子供であることを武器にしようともしない少年と、カリスマ性と誠意に満ち、息子を息子として、また同時に一人の男として扱うことのできる父親、などという誠にもって、できすぎだろそれはと言いたくなるような親子のそれぞれの戦いを描く、それほど派手な見せ場があるわけでもないこのシリーズの中でも、さらにどちらかと言えば地味な小説。解説で佐々木謙氏も触れておられるけれど、とにかく大人の男も、少年も、選挙運動も、すべてがフランシスの理想とするそれをストレートに前に押し出してきた小説になっている、と感じる。

 思えば前作、「不屈」でもフランシスは、ノヴリス・オブリジェをかたくなに貫き通す男の戦いを高らかに謳いあげてたりするわけで、「個」としての男の戦い、と言うよりはむしろ、「英国の男」はこうあるべきだ、ってなことを自作品中で繰り返し主張しようとするようになってきているのかも知れない。まさかフランシスが「死ぬ前にこれだけは言っておく」モードに入っちゃった、なんてことはないと思うのだけれどもね。

 今回は菊池光節があんまり炸裂しなかったからそんなこと思っちゃったのかも知れないなあ。うははと思ったのは"テクニーク"ぐらいだったもんなあ(あんた本の読み方が根本的に間違ってないか?)。

03/01/15

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