昔、火星のあった場所

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北野勇作 著
カバーイラスト 橋本晋
カバーデザイン 高木信義(海老原秀幸)
徳間デュアル文庫
ISBN4-19-905052-3 \619(税別)

もうすぐ、なにかが、やってくる

 昔、宇宙には火星があった。今はない。一種の超空間ゲートである"門"と、それを利用して火星を再開発しようとしていた二つの会社の勢力争いが、火星を分解してしまったらしいのだ。だけど会社は未だに火星開発をやめようとはしていない。火星の分解は火星のみにとどまらず、僕たちの暮らすこの世界にもいろんな影響を与えたらしいのだ。だから空に火星は見えない。でもだからといって火星が消えてしまった訳じゃあない。その、なんだかわからなくなってしまった火星を巡って今もなお、人間とタヌキが争いを続けているのだった…。

 北野勇作のこれがデビュー作。その後の北野ワールドに続くいろんな要素は、この作品の中にしっかりと詰め込まれている。懐かしげな未来、受け身一方の主人公、なんだかわからないけどイカとかカメとかクラゲとかタヌキとかしか名付けようのない生き物たち、ちょっと切ないラストシーン。あまりにもありふれた日常に見えて、そこにほんのちょっとした違和感を持たせる何か(こちらも一応は既知の物)を紛れ込ませることで生まれる不思議感覚、ってのを書かせるとうまい人だなあと感心。デビュー作からこれだったのね。

 と言うわけで楽しく読ませてもらった訳なんだけど、読み終わっての感想はですね、実は「これって『永久帰還装置』じゃん」ってことだったりして。火星つながりってわけでもないんだけど、いろんな意味で北野勇作が「永久帰還装置」を書いたらこうなるんだろうなあ、いやむしろ神林長平が「昔、火星のあった場所」を書いたら「永久帰還装置」になるんだろうな、って感じかな。

 世界と自分のありよう、その確かさ、不確かさは何に規定されるのか、不確かなのは自分なのか、世界なのか…、ってな部分に作家なりの思いが入ってできあがったSFを期せずして二つ続けて読むという、なかなか得難い経験をさせて頂きました。個人的にはそのペーソスの分、北野勇作さんのお話にはいつもどこか「あきらめ」のようなものが入ってるような気がして、そこだけはちょっと気になるのですけどね。

03/01/10

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