不屈

競馬シリーズ(35)

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ディック・フランシス 著/菊池光 訳
カバー 辰巳四郎
ハヤカワ文庫NV
ISBN4-15-070736-7 \860(税別)

ジェントルマンとは、こういうものさ

 キンロック伯爵家の一員でありながら、上流階級の暮らしよりも孤独な画家としての人生を選択したわたし、アリグザンダー。気ままな毎日を送る彼の元にある日、醸造業を営む義父の容態が急に悪化したという知らせがもたらされる。急ぎ義父の元に赴こうとするアリグザンダーだが、そんな彼に正体不明の4人の暴漢が襲いかかってきたのだった………。

 競馬シリーズ、文庫版の最新作。英国ってのは結構階級社会的なモノの考え方が今でも残ってて、相変わらず貴族とかジェントルマン、なんてな連中は今の世の中でもなんだかもう鼻持ちならないお高くとまった生活をしてる訳なんだけど、ただ、英国の上流階級には"ノヴリズ・オヴリジェ"、って思想がしっかり息づいてて、確かに鼻持ちならない連中なんだが、それでもやるときゃやるぜ、って部分に迷いはないわけで、悔しいがこの辺は認めざるを得ないわね。たとえば第一次世界大戦の時には、戦争勃発と同時に英国貴族の次男、三男はみな軍に入り、小隊長クラスの軍人として突撃の先頭に立ち、真っ先に銃弾に倒れる運命を完爾として受け入れたために、戦後英国では若い貴族の数が激減した、なんてエピソードもあるぐらいで。この辺は比較しちゃいかんのかもしれんけど、日本のお公家さんなんかとはちょっと違う部分があるな、と思ったりもする。

 さて、本作の主人公であるアリグザンダーも、そんな貴族としての生活を一度は嫌って、孤独な画家としての人生を歩むのだけれども、義父の急病とその裏に潜む陰謀に関わっていく中で、その貴族としての血を遺憾なく発揮していく、ってあたりが本書の見所になってる。貴族としての矜持ゆえ、(一般庶民なら)曲げても何ともないような所でも、自分の考えというか、心の奥底に一本通ってる新年みたいな物を曲げることができない、ってなアリグザンダーの性格が、すなわち英国の古き良き伝統であるし、本書のタイトルにもなってる"不屈"の精神であるのだぁ!と、フランシス御大は高らかに謳いあげたいのだろうね。

 そういうわけで、ひとりの不屈の男の戦いを描いた作品として充分に楽しめるんだけど、その奥底に横たわってる、英国的上流階級精神まんせー、な気分、一度気になるとなかなか抜けないあたりがちょっとつらいなあ。いつも通りのおもしろさではあるんだけれども。

02/01/20

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