諜報指揮官ヘミングウェイ

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ダン・シモンズ 著/小林宏明 訳
カバー・デザイン コガワ・ミチヒロ
写真 ©Corbis Bettmann/amana images ©T.P.L
扶桑社ミステリー
ISBN4-594-03547-7 \876(税別)
ISBN4-594-03548-5 \876(税別)

鮫より手強いU-ボート

 1942年、すでに押しも押されもせぬ大作家の地位にあったアーネスト・ヘミングウェイはキューバに暮らしていた。第二次大戦の勃発、さらに太平洋では日本との新たな戦争が開始されていた動乱のこの時期、ヘミングウェイは懇意にしている在キューバ大使等の協力を取り付け、一種の私的諜報機関、"クルック・ファクトリー"を設立した。目的はカリブ海から侵入してくるドイツ潜水艦とそこから米本土への潜入をもくろむドイツ諜報機関員の阻止、もしくは拿捕。だが、ナチス・ドイツ以上に共産主義の台頭の脅威を重く見る時のFBI長官、J・エドガー・フーヴァーは、ヘミングウェイの行動の裏に何か含むところがあるのではないかという疑念を振り払うことができなかった。その結果、ラテンアメリカ方面での隠密活動に長けた、FBI内の諜報機関、SISの捜査官であるルーカスに極秘の指令が下される。ヘミングウェイの諜報機関の一員となり、彼を監視すること。だが、ルーカスがその任につくやいなや、次々と不可解な事件が発生して…

 なんとあの、「ハイペリオン」のダン・シモンズが描くスパイ・サスペンス。ヘミングウェイが、その"無頼派"作家のイメージそのままに、いろいろと無茶なことをやってたって話はいくつか聞いたことがあったけど、まさか本物のスパイ組織(ていうか正しくは防諜組織、だけど)を運営していた("クルック・ファクトリー"は実在したんだそうです)ってのは知らなかった。それ以外にも、ダン・シモンズによると、本書に登場する様々な物事の9割以上は実話なんだそうで、女優との交際なんかでも有名だったパパ・ヘミングウェイを取り巻く多彩な登場人物がなかなかすごい。イングリッド・バーグマンにゲイリー・クーパー、マレーネ・ディートリッヒに007の産みの親、イアン・フレミング(が諜報畑の人間だった、てのは有名ですな)、有名なヘミングウェイの釣り船、ピラール号もしっかり登場。米独に英国の諜報機関までも巻き込んだ、南の島のスパイゲームの結末やいかに、って感じで。

 我々はどうしても、ダン・シモンズちうとあの「ハイペリオン」の重厚長大、何でもありの大サービスを期待してしまうんだけど、こいつはそういう、「ああスパイものにもこういう持って来かたがあったのかあ、なんてすげえんだああ!」なんてな感じの驚天動地ぶりはほとんどない。良く出来たサスペンスであることは確かで、シモンズの言うとおりこの物語の95%が史実に忠実に基づいたモノであったのだとしたら、そこからここまで面白く、それなりに謎が錯綜するサスペンス巨編を作って見せた彼の筆力ってのはやはりただ者じゃあない、と思わせる。でも、シモンズには申し訳ない気もするけど、「ハイペリオン」でシモンズという名前を知ったワシらが期待するのは、ホテルの玄関に突撃砲で乗り込んでいって、突撃砲からタキシード姿でおりたって、完璧な作法でもってチェックインしてにやりと笑ってみせるような、そんなノリのスパイ小説を期待していたのだけどなぁ(身勝手すぎますっ)

 サスペンス作品としての完成度は、そりゃもう文句なし、基本的にシモンズって人はめったやたらに筆の立つ人なんだろうと思う。ただそれ故かえって、ワシらが「ハイペリオン」に熱狂したのも、あれも実は単にシモンズの筆裁きがむちゃくちゃにうまかっただけで、かつ、なにかシモンズも狙ってなかったところにSF好きの琴線を思いっきりひっかき回すところがあったからであって、実はSFファンが熱狂したほどにはシモンズにはSFに対する熱はなかったのかもしれないなあ、などと、全然関係ないとこで妙に寂しい気分を感じながら読んでいったのでありました。「ハイペリオン」シリーズを知らない冒険小説ファンにはそこそこお勧め(飛び抜けて良くできた冒険小説、と言うほどの出来ではないよ)、SF野郎は読まん方がええんじゃないの?、な本。

02/08/17

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