大戦勃発

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トム・クランシー 著/田村源二 訳
カバー装画 佐竹政夫
カバーデザイン 新潮社装幀室
新潮文庫
ISBN4-10-247221-5 \743(税別)
ISBN4-10-247222-3 \781(税別)
ISBN4-10-247223-1 \819(税別)
ISBN4-10-247224-X \743(税別)

勢揃いライアン一家・凍土を血に染む大決闘

 ………とまあそういう話なんですわ、いやほんとに。

 再選を果たしたライアン大統領の下、ようやく平和な日々が戻ってきたように見えるアメリカ。だがそのころ、遠く離れたロシアでは朝のラッシュアワーのただ中で、一台の高級乗用車が対戦車ロケット弾で吹き飛ばされるという事件が発生した。殺されたのはKGB上がりの高級売春組織の元締め。だが同時刻、その同じ場所には彼のそれと瓜二つの車が走っており、そちらの乗客はロシア大統領にきわめて近い政府高官の一人、ゴロフコ情報相が乗り込んでいたのだ。犯罪組織どうしの抗争なのか、それとも本当のターゲットはゴロフコだったのか。

 ほぼ同じ頃、同じロシアの無人地帯、シベリアの平原で崩壊寸前と思われたロシアを救ってくれるかもしれない二つの地下資源の存在が確認されていた。途方もない量の石油と金。ロシアを対等なパートナーとして繁栄させることは、最終的には良好な新世界秩序をもたらすことになると考えたライアンは、控えめながらロシアに援助の手をさしのべようとする。だがそんな動きを快く思わないもう一つの超大国が、事もあろうにロシアの隣に存在していたのだ………。

 かつての仇敵、ソ連崩壊後の世界でアメリカに楯突いてくれそうなのはほかの経済大国かイスラームかもう一個の共産主義の大国しかねーじゃん、って感じがびしばししてくる「日米開戦」以降のライアンもの(プラス『レインボー・シックス』)の集大成。実は前の二作でもそれとなく陰で糸を引いていた中国が、ついに本格的に世界の中心になろうと画策する、ってお話なんだけど、クランシーはかなり中国人を低く見ている感じで、中華思想に凝り固まって国際社会のルールをわきまえない、頭の固いわがままものによってコントロールされてる国、みたいな描写がされている。方やアメリカの方は、ライアンと彼がこれまでに関わってきた正義の味方軍団がまとめてホワイトハウスと軍の主要な地位についている。イギリスにもロシアにもライアンの友人たちはたくさんいる。その上アメリカが誇るハイテク兵器はさらにその能力を増している、ってわけでこれ、勝ち目のない戦争に突入して猛烈に篤いお灸を据えられる中国、ってお話。もう読み始めた瞬間にどういうラストになるかはおおかた見当が付くにもかかわらず、全4冊という大部の小説を退屈させずに読ませてくれるクランシーの筆はなかなかなものだと思う。思うがしかし、これはオレに兵器フェチな所があるから辛うじてそうなっているのかもしれない、とも思うんだな。前二作と比べて、お話の面白さは少々低い点数を付けざるを得ない。

 ライアンは基本的に情報畑の人で、それが止むに止まれぬ事情で大統領になっちゃったわけで、それまでのワシントンの政治のプロに比べるとかなり型破りな人物であって、それが元でいらぬ摩擦を国内外で起こしてしまったりして、「自分は正しいことやってるつもりなのになんでこうなるんだよ」的な窮地に陥ってしまう、って部分の面白さがこれまでのライアンものにはあったんだけど、今回それがまったくない。基本的にピンチに陥るのはロシアで、ライアン自身に直接危機が迫るようなことがない。ここが弱い。

 もちろんシチュエーション的にはそりゃ、世界戦争が始まりかねない時に、最強の軍隊の司令官である事の苦悩とか、そういう部分の描写はあるのだけれど、もう一歩突っ込んで、彼の融通のきかなさがもとで国内で政敵に厳しい局面に追い込まれたり、敵国の巧妙な外交の罠にまんまと引っかかってしまったりとか、そんな描写がないものだから、読んでる方が「おいおいジャック、どうすんだよ」ってな気分にこれっぽっちもなれないんだよね。「レッド・オクトーバー…」以来の様々なおなじみさんが続々登場してくれるんで、昔からの読者は同窓会的に「ああ、あのときの彼が今はこんな事してんのか」などという懐かしさに浸る楽しみはあるんだけど、そこからさらに一歩踏み出した、ほんとにギリギリの状況、ってのをうまく描写できていないぶん、楽しみは薄かったな。

 解説で児玉清氏も、クランシーのアジア人嫌いな側面について筆を割いておられたし、オレもそれは感じるけど、まあお話には悪役も必要なんでそこはまあ仕方がないとも思う。ただ、嫌いなら嫌いでいいけど、それが元で敵方が少々格下に見える描写に終始しちゃったのも惜しいと思う。まあひまつぶしにゃあ格好の分厚さだし、アメリカ人にとっちゃあ抜群に気分良くなる小説なんだろうけどね。

02/04/17

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