巡洋艦インディアナポリス撃沈

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リチャード・ニューカム 著/ピーター・マース 解説/平賀秀明 訳
カバー写真 浅野信美(模型:TAMIYA)
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室
ヴィレッジブックス
ISBN4-7897-1837-9 \820(税別)

いくら隠しても真実そのものは消えない

 単艦としては第二次大戦における米海軍最大の損失といわれる重巡洋艦"インディアナポリス"撃沈。長くアメリカ第5艦隊の旗艦をつとめた艦であったこと、この直後に広島に投下される事になる原子爆弾のためのウランを輸送しての帰途の出来事だったことなどでも知られるこの艦の末路は悲惨だった。日本潜水艦の雷撃により、わずか十数分で沈没、しかも沈没寸前に打電されたSOSへの反応の遅れから救助活動の開始が遅れたために、艦が沈んだときにはかろうじて生存していた乗員たちも怪我と疲労、さらに襲いかかる鮫たちによって次々と海底に引きずり込まれていく。ようやく到着した救助隊が引き上げたのは、乗員1196名中わずかに316名。同時に引き上げられた88体の遺体は手足を食いちぎられた無惨なものだった………

 映画「ジョーズ」でロバート・ショウが演じたシャークハンターが乗っていたのがまさにこの艦。アメリカ海軍最大の被害は、日本海軍にとっては同時に最大級の戦果の一つでもあるわけで、このあたりを上手に脚色した池上司氏の「雷撃深度一九・五」は、この史実を元にしたエンタティンメント作品になってたわけだけど、こちらはAP通信のベテラン記者による丹念な取材によってまとめられたノンフィクション。興味深いのは、その撃沈とそれに続く生存者たちの苦闘の描写と同じくらいの分量を割いて、"インディアナポリス"沈没の責任はいったい誰なのかを明らかにしようとする軍法会議の模様が克明に再現されているところ。

 当時の米海軍では(戦時下である、という事情もあるけれど)軍艦が出航するとき、その目的地や到着予定時刻はしかるべき部署に報告される義務があったけれども、その予定時刻に軍艦が目的地に到着しなかったときにどうするべきなのか、明確な規定がなかったのだそうだ。このことが多くの乗員たちを死に至らしめることになってしまう。それでも、戦争が激しい間ならあるいはそれほど大きな問題にはならなかったかもしれないのだけど、"インディアナポリス"撃沈からわずか二週間後に戦争は終わり、それまでのような機密保持体制を敷くことが出来なくなってしまったためにこの事件は、たちまちマスコミによって全米に伝えられてしまう。威信が傷つくことを恐れた海軍当局には、どうしてもこの悲劇の原因を作った責任者が必要だった。そしてそれは、潜水艦回避のジグザグ航行を指示しなかった艦長、マクヴェイ大佐に割り当てられることになる………。

 洋の東西を問わず、組織というものは時折個人に対してとてつもなく過酷な仕打ちを、自分たちの保身のためだけにしてしまうのだと言うことを痛感させられる。この本のように、努めて冷静に事実のみを集めて過去を再現してみれば、責任の所在が本当はどこにあるのかはあまりにも明確なのに、大事件が起きた直後のヒステリックな心理状態と、それを増大させてしまうマスコミのミスリーディングの恐ろしさと言うものは、今も昔も大して変わっていないのだな。

 さて、こうして一度はこの悲劇の責任者にされてしまったマクヴェイ大佐だが、その個人的資質にも当時の行動にもなんのやましいところもなく、部下たちの信任も篤い人物であったため、最終的には彼にはなんの落ち度もなかったことが改めて認定されるわけなんだけど、本書がはじめて世に出たときにはまだ彼は完全には身の潔白を勝ち取っておらず、それが実現したのはなんと2000年になってからだったのだそうだ(本書の初出は1958年。痛ましいことにマクヴェイ氏はその10年後の1968年にすでに自殺してしまっている)。このあたりを補完する意味で追加された「あとがき」が、なかなかよかった。

 マクヴェイ氏の責任に疑問を持ち、もう一度この問題をリサーチしようと思い立ったのは、テレビで「ジョーズ」を見て"インディアナポリス"の悲劇を知った11歳の少年だったんだそうだ。彼の調査(11歳でここまでやれるのかと驚かされたよ)が、いつしかかつての乗組員たちの心を動かし、それが議員たちに伝わって大きなうねりになり、海軍も(それでもまだ体面を気にしつつも)重い腰を上げていく、このあたりの展開、要約でしかないのだがなかなかに感動的である。世の中はやはり、そうそう捨てたもんでもないのだと思ったですよ

02/04/09

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