ロバート・ゴダード 著/加地美知子 訳
カバーデザイン スタジオ・ギブ/中井辰也
写真 ©Barbara Singer/amana images
扶桑社ミステリー
ISBN4-594-03423-3 \819(税別)
ISBN4-594-03424-1 \724(税別)
「
そこそこのキャリアの英国人カメラマンのわたし、イアン。今、彼は代役カメラマンとして風景写真を撮影するために真冬のウィーンを訪れていた。白と灰色に彩られた街並みをカメラに収めていくイアン。そんな彼のファインダーに捉えられたのは、鮮やかな深紅のコートの女性。偶然のシャッターチャンスに反応したイアンだったが、彼にとって単なる情景の中のピースでしかなかったその女性は撮影されたことに気がつくや、イアンに歩み寄ってくる。そして彼女を間近にしたとき、イアンの中にも形状しがたい気持ちがわき上がってくるのを押しとどめることはできなかった。だが………。
主人公イアンはゴダードが得意とするダメ野郎。偶然カメラに捉えた美女とあっというまに恋に落ち、舞い上がったあげくに妻も娘も捨てて彼女と添い遂げることをあっさり決意してしまう。だが、家族を振りきって約束の場所にやってきたイアンの元には誰もやってこない。しかもウィーンで撮影したはずの写真は全て、何者かの手によって感光させられ使い物にならない状態。当然仕事も干されてしまう。もはや妻子の元にも戻れない。バラ色の恋に舞い上がってたと思った次の瞬間、これまたゴダードの得意とするパターンである、どん底に突き落とされてもがくダメ男の苦闘が始まるわけで、このあたり(物語のごく序盤)を読んでる間はこっちも「ふふん、いつものパターンね」などとにやにやしながらページを繰っていくのだけど、ここからの展開が凄いのだこの小説。
お話で重要な意味を持つ、イアンが恋に落ちた相手、マリアン。だけどどこを探してもそんな女性はいない。マリアンを捜し求めるイアンはやがて、同じく彼女を捜し求める心理療法士、ダフネと知り合い、彼女から、写真術の創世記に、実は近代的な銀演写真の製法を世界で初めて開発したかもしれない女性の名前もまたマリアンであったことを知らされる。イアンにとってのマリアンとはダフネにとってはエリスと言う女性であり、彼女はかつて存在したマリアンという人格が自らの人格に同居していることに悩む女性でもあったのだ………、と、ここまでが序盤のヒキ。なにやら出来の悪いサイコスリラーになってしまうのかな、とこっちが心配し始めたところでゴダードはさらに二転三転、お話をひっくり返してくる。読んでるこっちはもう誰も信じられなくなってしまって、浮かされたみたいにページを繰っていく。で、それだけ用心しててもこっちの心配とか予想とかは、次々とひっくり返されてしまうんだった。天下無敵のストーリーテラーの完璧なストーリーテリングに酔えること請け合い。
そんなゴダードの職人芸を堪能しつつも、このお話が凄いなあとしみじみ感じられてしまうのは、こいつが単なる謎解きに終わっていない所にあるんだと思う。それでは何かと言えば、それは言えん(^^;)。いや、ほんとにこの本はネタバレなしの状態で読んでみて欲しいんですわ。んで、ラストの余韻をしみじみと味わって頂きたい。オレごときの保証ではなんの重みもないかもしれんけど、面白さはオレが保証する。もしかしたらゴダードの最高傑作かもしれない。これは読みなはれ。
02/03/14