どこかで誰かが見ていてくれる

日本一の切られ役・福本清三

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福本清三(談)・小田豊二(聞き書き)
カバー写真 林晋
装丁・本文レイアウト 初谷晴美
発行 創美社
発売 集英社
ISBN4-420-31003-D \1,500(税別)

ちょこっと、やや、わずかに、かすかに目立つアイツは何者だ

 毎週放映される時代劇の楽しみのひとつに、今日は福本さんどんな役で出てるかな、ってのがあるわけだ。福本さん、とは東映の大部屋俳優、福本清三氏。名前を聞いてもピンと来ないかもしれないけど、時代劇の立ち回りのシーンで、痩けた頬にきつめの隈のはいった細い目で、やたらオーバーアクションで主人公に斬り殺されるその他大勢、って言ったらわかってもらえるだろうか。いつの頃からオレもこの、単に斬り殺されるだけなのにずばっとやられるとくるっとこっちを向いて、一瞬その個性的な顔をカメラに向けてから倒れていくその他大勢が気にかかっていたんだけど、おんなじ事を思う人は多いみたいで、webにも名脇役・福本清三なんてサイトが開かれていたりする。去年NHKの「にんげんドキュメント」でも、「RED SHADOW 赤影」でそれまでと全く様子の違う悪役像に取り組む氏の様子が紹介されたので、いまや結構な有名人かもしれないな。

 件のテレビの中の福本氏は、なにせこれまでと全く違う悪役に取り組まなくちゃいけない、ってところへの悩みもあったのだろうけれども、どちらかと言えば朴訥かつ無口な、いかにも古風な職人芸の持ち主の役者、てな印象を受けたのだけれども、本書の福本さんは飄々と語り、インタビュアーを気遣う、なんだか軽くて剽軽なおじさまって感じがして、ちょっと意外な感じだった。でも、その語りがとっても魅力的なんだよなあ。

 オレが生まれる前の年から映画界に入り、それからずっと大部屋俳優一筋で通してきた、ってところで、なんていうか、一種のストイックな"役者バカ"みたいなイメージを勝手に持ってしまいがちだけど、現実の福本さんはそうじゃない。あくまでそれが自分の本分なのだと理解し、そのことをことさら誇ったりしないかわりに変に卑下したりもしない。43年という長きにわたって、ひたすら斬られ役、死体役、エキストラとなんぼも変わらん役を演じ続けてきたその半生、辛いことの方が多かったに違いないのだけれど、そんなことはおくびにも出さず、自分のことは全て笑い話にしてしまえる福本さんがとてもすてきだ。そんな福本さんだから、萬屋錦之介や美空ひばり(正確にはその母)といった大物俳優や深作欣二、石井輝男などの大監督たちが常に心の片隅にとどめ置くような大部屋俳優になれたのだろうな。彼に注目した「RED SHADOW」の中野監督も、なかなか偉いと思ったよ。

 映画造りという巨大なプロジェクトの中ではどう見てもヒエラルキー的に最下層に近いところにずっと身を置いてきた福本さんなんだけど、それ故映画、なかんずく時代劇に対する愛情の深さ、現在ただいまの時代劇が置かれている冬の時代に対する危機感というのは(冗談抜きで生活がかかっているだけに)深刻なものなのだろうと思う。福本さんもまた、やはり映画の出来を決めるのはスジなのだ、という考えをもっておられるのはとてもうれしく思った。自分の生活だって決して楽じゃあないだろうに、大部屋俳優の地位向上を訴えたって罰は当たらないだろうに、なのに福本さんは日本映画再興のために、まず脚本家にもっとお金を出すべきだよとおっしゃるのだ。ちくしょう、かっこよすぎです福本さん(^o^)。

 東映の定年は60歳。福本さんは平成15年で斬られ役人生に定年を迎えることになっているのだそうだ。ある意味彼ぐらい名前が売れれば、定年後も完全に仕事が断たれてしまうことはないだろうけれど、それでもやはり生活は厳しくなるのだろうな。福本さんほど有名にはなれないけれど、映画を造る上で必要不可欠な数多の、さらに目立たない大部屋俳優さんたちにとっても、この先彼らを待っている状況は全く楽観できないものであろう事を思うにつけても、もう少し日本の映画に活気が戻って欲しいなあと切に願うのであった。そして、これからもずっと、斬り殺される福本さんの絵を見たいなあ、ともね。

02/02/20

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