サハロフ回想録

b020219.png 4.7/Kb

アンドレイ・サハロフ 著/金光不二夫・木村晃三 訳
カバー写真 ©AFP ©AP/WWP
カバーデザイン EOS Co.,Ltd
アートディレクション 吉田悟美一
デザイン 山影麻奈
中公文庫 BIBLO20
水爆開発の秘密 ISBN4-12-203970-3 \1,190(税別)
ペレストロイカの父として ISBN4-12-203971-1 \1,190(税別)

尊敬置く能わざる究極の理系人間

 ソビエトの"水爆の父"であり、後に積極的な人権運動を展開してノーベル平和賞を受賞した物理学者、アンドレイ・サハロフ氏の回想録。前半はその生い立ちから科学とのかかわり、そして水爆開発の過程で重要な地位を占めていくまでの道のり、そして、自らが開発に関与した核兵器のあまりの危険性を目の当たりにしたところから、下巻では一転、反体制派の重要人物としてソ連の体制と真っ向から対立する人権擁護派の闘士としてソ連政府、とりわけKGBから様々な迫害を受け、ついには流刑の憂き目にあいながらも逃走を止めることなく、ついにモスクワ帰還を果たすまでのながれがつづられている。

 なんといってもこの本、そもそも出版にいたるまでの経緯が凄くって、サハロフ氏が原稿を書く、KGBがかっぱらう、がんばってまた原稿を書く、またKGBがかっぱらう、という艱難辛苦の末にようやく世に出た本なのである。その影響なのかどうかはわからないが、サハロフ氏自身が認めているように、部分的に記述の"飛び"みたいなものがあるような気は、確かにする。前半の、水爆開発に関する下りなんかは、それ自体が国家機密なので書けない、って部分もあるのだろうと思うけれど、後半の、人権擁護の闘争の記録部分の妙な"落ち着き"みたいなものっていうのは、何度も書き直しをしいられたが故に最初の勢いみたいなものが徐々に削がれてしまったって所があるのかもしれないな。このあたり、ソ連邦という国の過剰な他国からの侵略に対する防衛本能みたいなものが産み出した、笑えない喜劇って気がする。

 ソ連という国家がやってきた知識人や反体制側の活動家に対する弾圧っていうのは、つまるところ思想的な穴が開けば、そこが他国にとって格好の攻撃ポイントになってしまう、という度を超した恐怖感だったのだろうな。国としては最新の科学技術は欲しい、でも最新の科学技術とともに最新の人間の考え方までは入ってきて欲しくない、つーある種アンビバレントな危機感が、スターリンからアンドロポフにいたるソ連最高首脳を突き動かしてきたのだな、という感じがする。実際には、スターリン、フルシチョフ、というのは模索の時代、ブレジネフ以降というのは(今の日本が陥ってるような)官僚制が幅をきかす時代、と分類できるのかもしれないけど。

 そんな、各時代の指導者と直接、間接に関わってきた(関わらざるを得なかった)サハロフ博士の証言としてこの本、とても重要な歴史の資料になっていると思う。オレは頭悪いので、特に前半の科学者としてのサハロフ博士の仕事の凄さがほとんど理解できないと言う体たらくなのだけれど、その、一般にはわかりづらい話であってもあえて手を抜くことなく、じっくり説明してくるあたりにサハロフという人の理系人間っぷりがよくでてると思う。いやほんと、この方って究極の理系人間なんだと思うよ。たとえ人権擁護の活動の一環としてハンガーストライキやってる最中でも、この人の頭の中では、最新のひも理論に関する考察が同時に動いていたりしたのだろうな。

 同じくソ連を代表する反体制の思想家であるソルジェニーツィンに対しても、政治的な駆け引きなしに、批判するところは批判するあたりの思い切りも、さすがに理系な人だなあと感じ入ってしまった。文系な人間ってのは無意識にどこかで遁げ場所を造っておくものだけど、この人はそういうことはしないのだね。

 社会における宗教の役割について、私はソルジェニーツィンと意見を異にする。信仰あるいは、その欠如は全く個人的なことであると思う。

 ソルジェニーツィンと違って、私は社会主義制度にも西側制度にも、ともに欠陥と健全な原理とを認める。この二つの制度の収斂は可能だと思うし、その見通しこそが人類を滅ぼしかねない対決から救済するチャンスだと歓迎する。

 この人(サハロフ博士だわな)の、現実主義と理想主義の上手な折り合いの付け方はすてきだなあと思ってしまった。正直読みづらく、読み切るのに多大な労力が必要で、しかもオレみたいなバカには著者の思惑の半分も伝わっているのか不安であるけれど、んでもこの本は読んだ方がいいと思うですよ。いろんな意味で。

02/02/19

前の本  (Prev)   今月分のメニューへ (Back)   次の本  (Next)   どくしょ日記メニューへ (Jump)   トップに戻る (Top)